2.寮

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「はあ~~~~‥緊張した‥」  氷室は空閑の姿が見えなくなったと同時に、大きなため息をついた。ついた、というより肩の力が抜け自然にため息が漏れてしまった、という方が正しいかもしれない。    空閑さん、ここまで案内してくれたしまあ優しい人なんだろうけど、なんというか‥言い方ちょっとキツイし、背も高いから圧が凄いし‥コミュ障の俺にはちょっとレベル高いわ‥。  とりあえず愛想良くしておいてよかった、氷室はそんなことを心の中で呟くと重いリュックを背負い直し、202と書かれた部屋の前までやってきた。  漫画やドラマで見た寮館はもっと古くて小汚ないイメージがあったが、この学園の寮は比較的綺麗だ。  もちろん本館にある講堂や廊下や階段なんかと比べれば、多少生活感は感じるが、それでも男子高校にしたら十分すぎるくらいに綺麗だし清潔だ。  まるでどこかのお嬢様学校みたいだな、と寮の扉が並ぶ廊下や窓を見渡し、氷室は思った。    氷室の部屋の202号室は4人部屋だ。  学園の寮の部屋には様々な種類があり、特別な理由が無い限り勝手に部屋分けをされてしまう。  少なくて一人部屋、最大で四人部屋まである。その中から自分で好きな部屋を選択できる生徒は、生徒会に入っていたり、委員会の委員長に任命されていたり、部活で良い成績を残したりと、学園内でそれなりの活躍の場と地位を持っている者に限られる、と教頭から聞いた。正直生徒会に入っていたり何かのリーダーを務めているだけで、そんなに良い特別な待遇をされることに驚いたが、どうやらこの学園では当たり前のことらしい。    氷室は、家族にこれ以上迷惑をかけたくない、もう母の心配する顔が見たくない、その一心で家を出る決意をして全寮制のこの学園に入学した。  しかし。  自分でそれを望んで入学したといえども、人との関わりが苦手な氷室にとって、やはり寮生活というものは想像するだけでも、過酷に思えた。  寝るときも、休むときも、食事をするときも、一人になることはほとんどない。いつも誰かしらが近くにいる。いつどんなときも彼らに気を遣って生活をしなくてはいけないのだ。  氷室の希望はただ一つ。  それは、どうか寮のメンバーが氷室にとって「良い人達」であること。  耳や舌やヘソなんかにピアスを開け、いつも胸元の開いたチャラチャラした服装をして、笑いながらからかってくるような人じゃありませんように。    いつも無表情で怒った顔をして、何を言っても無愛想な人ではありませんように。怒ると怒鳴りつけてくる怖い人じゃありませんように。  落ち着いていて温厚でこんな俺とでも仲良くしてくれて、俺が何をしていても構わず放っておいてくれて、だけどたまにはニコニコした笑顔で話しかけてくれる、そんな人ですように。  長々とした願いを扉の前で神に祈ると、息を軽く吸い込み202号室の扉を開いた。
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