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「し、失礼します‥‥」
氷室は靴を脱ぎ、部屋の中に入ると、部屋の中を見渡した。
少し広い部屋の壁には、写真やポスターがたくさん張られている。奥にある開いた扉からは洗面所が見える。おそらく、その洗面所の奥には風呂とトイレがついているのだろう。そしてその洗面所のある部屋の横には、2つ扉が並んでいる。服や教科書など、私物を置いておくための部屋だろうか。
部屋の中心に置かれている机には教科書やノートが積まれている。床にもタオルや、シューズが入ったビニール袋、ティッシュの箱なんかが転がっている。窓の近くにはクリーム色のソファーが置かれていて、その上に灰色のパーカー脱ぎ捨ててある。
部屋自体は広くて豪華で、まるでどこかのマンションの一室のようなのに、物が多くて散らかっていて‥とにかく生活感が溢れている。
部屋に入る前は、まるでお嬢様学校みたいだ、なんて思ったが、いざ部屋に入ってみればそこは普通の男子高らしい部屋だ。正直言うと、汚い。
しかし氷室も男子。床も壁もピカピカで、物は全てタンスやロッカーに並べられ、アロマが焚かれ、窓際には赤い薔薇の花が飾ってある、なんていうまるで高級ホテルのような部屋よりも、少し散らかっている方が居心地がいい。
そのときふと、疑問に思った。
ベッドはどこだろう、と。
ここは四人部屋だ。ベッドが四つあるはずだ。
部屋に入るとすぐに、二段ベッドが二つ、壁に沿って設置してある、よくある四人部屋寮の構図を想像していたが、この部屋にはどこにもない。氷室はリュックを背負ったまま、洗面所の隣にあった二つの扉の内の片方を開いた。
そこは、先程の部屋の半分ほどしかない、クローゼットのついた、少し狭い部屋。
ベッドはあった。
しかし、この部屋にあるベッドの数は、四つではない。
二つしかないのだ。
白いシングルベッドが二つ、並んで置いてあるだけだ。
氷室はその部屋から出ると、もう片方の部屋の扉を開いた。
するとそこには、先程の部屋と同じ構図で、ベッドが二つ置いてあった。白いシングルベッドが二つ、並んで置いてある。ああよかった、二つずつ別れているとしても、合計四つ、ちゃんとある。
‥なんて、そんな安心をしている場合ではなかった。
並んでいる二つのベッドの内の、右側のベッドの上で
二人の男が重なっている。
「‥‥えっ?」
いきなり飛び込んできたその光景に氷室は思わず困惑の声を上げ、固まった。
ベッドの上で横たわる、女の子のように可愛らしい顔をしたクリーム色の髪の毛の男子と、その上に覆い被さっているガタイのいい男。上にいる男は可愛い顔をした少年の制服のシャツの中に片手を入れ、首筋に顔を埋めている。二人とも服は乱れ、顔は高潮し、息が荒い。
重なり合う二人は扉が開いた音に驚き、目を見開いて振り返り、部屋の前で立ち尽くしている氷室を見た。
「しっ‥失礼致しましたぁっ!!!」
バタン!!と、氷室は勢いよく部屋の扉を閉めた。
閉めた扉の前でうずくまり、頭を抱える。混乱で、うまく頭が回らない。
今の、なんだ。
男が二人、ベッドの上で重なってた。二人とも息が荒くて、顔が赤くて、服が乱れてた。これってつまり‥‥アレか?アダルティな方面の、アレか?アレの真っ最中?
いやいやいや、違う違う、下にいた男の子は顔は可愛い顔してたけど、でも、男同士だし。それにここ学校の寮だし。うん、プロレスの練習中だった可能性もある。
え?でもプロレスで相手の服の中に手を突っ込むか?首に顔を埋めるか?てことはやっぱり‥。
いや、んなわけない、男子高校だ、もちろん男同士の恋愛はある、そりゃあな。でももうすでに俺は男の先輩同士のキスを見てるんだ、そして今度はアレの最中を見てしまうなんて、一日にこんなにホモを見ることってありえないだろ。ホモの妖怪にとりつかれているか、ホモの呪いにかかっていない限りありえない。ないない。
そのとき、うずくまり頭を抱える氷室の後ろの扉が開き、先程ベッドで上で覆い被さっていたガタイのいい男が現れた。
ジロリ、と氷室を睨み付け、なにも言わないまま足早に寮の部屋を出ていく。
「はぁ~~もう、せっかくいいカモだったのに、怒って帰っちゃった。もう、邪魔しないでよね」
氷室が振り返ると、ベッドの上でクリーム色の髪の男の子がシャツのボタンをとめながら、口を尖らせている。
改めて見ると、本当に女の子のように小さくて可愛らしい顔をしている。クリーム色のふわふわとしたくせっ毛に、子猫のような大きくて丸い茶色の瞳。薄い桃色に色づいた少し厚みのあるふっくらとした唇。まさに、美少年。ここにいるのだから、氷室と同じ高校生には違いないが、中学生と言っても違和感のない幼い印象を与える。
「今はお昼の時間だから、みんな食堂にいるはずだと思って寮でヤってたのに‥。なに?なんか用なの?」
美少年は乱れた髪の毛を手ぐしで整えながら、不機嫌そうにそう言うと、扉の前でぽかーんとしている氷室を見た。
「えっえっと‥‥その‥」
「もう、なんなの?ハッキリしない人、僕きらーい!」
「いや、俺、‥」
混乱している氷室はモゴモゴと口を動かす。少年は子供のような口調でそう言うと、あ、と何か思い付いたように目を見開いた。
「もしかして、僕の可愛さに惚れちゃった?僕が可愛すぎて、言葉も出ない?」
「‥‥へっ?」
美少年は目を細めてフフフっと満足そうに笑った。
「しょうがないか~、この世でいっちばん可愛い僕だもんね!一目惚れってやつ?えへへ~!あ、でもこんなに可愛い僕だけど、基本タチだから!まあお金くれるならネコやってもいいけど。ちなみに君、どっち?」
「え、‥え?どっちって‥え?」
「まあ、どっちでもいいけど!でも僕、相手はちゃんと選ぶよ~ヤる相手が汚いおじさんとかじゃ、可愛い僕には似合わないもん。君はすごい根暗っぽいけど、でも肌綺麗だし、清潔感もあるし太ってないし、うん、別に相手して上げてもいいよ。お金くれるなら、だけどね~」
少年はベッドの上にゴロンと寝そべり、訳の分からないことをペラペラと話し続ける。
お金?相手?タチ?ネコ??一体なんの話だ。それにさっき、一目惚れとかなんとか‥。
「ちょ、ちょっ‥と、待ってください」
氷室は慌てて、止まらない少年のマシンガントークを制した。
少年は、なになに?お金くれるの?と嬉しそうにニヤニヤしながら氷室を見つめてくる。
「い、いや、そうじゃなくて‥‥っていうか、相手とか、お金とか、意味分かんないし‥。一目惚れとか、そんなんじゃないんで‥」
「えっ?違うの?」
少年が驚いたように目を見開く。
いや、違うだろ!なんだよ一目惚れって。たしかに顔は可愛い。普通のそこらの女の子よりも可愛い。だけど、だからって‥男じゃないか。可愛いけど、男じゃないか。一目惚れするのもおかしいし、自分に一目惚れしていると勘違いしているこいつも、おかしい。
氷室は一旦深呼吸して、頭の中を整理した。
「お、俺は‥今日転入してきて、俺の寮はこの202だって聞いて、だからこの部屋に入って色々見て回ってたら、その‥プロレスやってたからちょっと驚いただけで‥」
「プロレス??やってないよ?僕がやろうとしてたのは、セッ」
「あっはいはいはい、‥分かりました」
やっぱりか‥‥。プロレスじゃ‥なかった‥。
はあーと深いため息をつき、氷室は頭を抱えた。
「え?てことはさあ、君、今日からここの部屋に住むの??」
「‥そうです」
男同士がヤろうとしていた部屋で生活するのか。いや、別に男同士に偏見はない。だけど、知らん人間がヤろうとしていた部屋で寝泊まりするというのは、なんというか、気まずい。
「じゃあ君、新しいメンバーってことだね!僕、二年B組の星野伊春!よろしくね~わぁ嬉しいなぁ、四人部屋なのに三人しかいなくて寂しかったんだよ~」
伊春はそう言うと、ピョンとベットから飛び降り、氷室の側に駆け寄ると、小さな体でギュッと氷室に抱きついた。同じ男とは思えない柔らかい体が、ぴとっと体に密着する。
氷室は思わず、ひぃ!と悲鳴を上げ、伊春の体を引き剥がした。
「うわっひどぉい!普通僕に抱きつかれたらメロメロ~でしょ?」
「い、いや、いきなりだったんで‥ちょっと‥」
むぅ、と伊春は拗ねたようにほっぺたを膨らませる。正直、普通の高校生の男子がやったら引いてしまうような行動だが、伊春がやると何の違和感もない。むしろ似合っている。
俺がやったらキモイだけだろけど‥顔が可愛いだけでこんな行動も許されちゃうんだなぁ、と氷室は頬を膨らませる伊春を見つめ、密かに感心してしまう。
「ていうか、君の名前は?根暗くんっ!」
「ね、根暗くんって‥」
いや、まあ根暗ですけど。でもハッキリ言われるとちょっと傷つく‥。
「氷室悠一です‥」
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