2.寮

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「‥‥‥‥‥は???」  氷室の困惑の言葉など耳に入らないようで、伊春は目をキラキラと輝かせながら氷室に詰め寄った。 「隠してるからどんだけのブサイクさんなのかと思ったけど、全然そんなことないじゃん!!見せないなんて勿体ないよっ!ほら僕ピン持ってるからこれでとめて‥!あ、それとも僕が切ってあげようか?!」 「え‥‥‥?!いや‥‥俺‥」 「僕に任せてよっ!僕けっこう切るの得意だから!どういう風に切ろうかなあ~ちょっと大人っぽくした方が似合いそうだよね~‥あ、でも意外と可愛い感じでこう真っ直ぐに‥‥」 「ちょちょ、ちょっとまて!」  どうセットするのが一番良いかと思考を巡らしながら氷室の前髪をいじろうとした腕を強く掴まれ、伊春は驚いて目を丸くした。 「なに?ひーくん」 「いや、なに?じゃなくて‥俺‥切らないから。前髪。」 「エッッッッッ!?」  いや、そんなに驚くことか?と、驚きのあまり可愛い顔をムンクの叫びの絵のように歪ませている伊春を見て氷室は思った。 「な、なん、なんで切らないの?!」  パッと伊春の顔がいつもの可愛らしい顔に戻る。 「目見せたいと思わないし、見られたくないし‥。もう慣れちゃったからそんなに邪魔じゃないし‥。切る意味ないと思う‥ていうか切りたくない」 「はぁ~~っっ?!?!」  伊春が呆れた、という顔をする。こんなに大きな声で、はぁ?なんて言われたの初めてかもしない。でも、どんなに声がでかくても、元の声が可愛ければあまり怖いものではないんだな、と氷室はどうでもいいことを考えた。 「ひーくん、考え直して。ほら、こーんなに可愛い顔をした僕が、もしいつもマスクで顔を隠してたら、ひーくんどう思う?!勿体ないなって思うでしょ?!」 「え‥いや別に‥‥」 「ん~~もうっ!じゃあ、クラスに超イケメンの男がいるとします、でもその男はいつもお面で顔を隠してます、こういう場合はどう思う?!」 「お面‥??‥まあでも、個人の自由だからほっとく‥」 「じゃあ、艶々ぷるぷるの綺麗な唇の男が、一年中マフラーで口元を隠してたら?!」 「夏は暑そうだなって思う‥」 「もーーーそういうことじゃないのっ!!」  伊春は顔を赤くして地団駄を踏んだ。もし漫画だったなら、頭からポコポコと煙が出ているだろう。  さっきから伊春が何の話をしているのか、氷室にはさっぱり分からない。氷室は、子供のようにムキー!と癇癪を起こしている伊春を見て首をかしげた。 「‥伊春くん、それ、俺と関係ある話‥?」 「あるよっ!!‥‥だからつまり、ひーくん、そんなに綺麗なお目目を隠してるのは勿体ないってこと!」  ‥‥え??  今度は氷室が目を丸くする番だった。 「‥‥目が綺麗って‥‥‥お、俺が?‥」 「そうだよっ!分かってるでしょ?!」  いや、分からない。分かるわけない。心の底から意味が分からない。  綺麗?俺の目が???  今までの人生一切そんなこと思ったことはないし言われたこともない。  ぽかーんとしている氷室の顔を見て、伊春はまさか、と眉を潜めた。 「‥ひーくん‥‥‥もしかして‥‥自覚無し?」 「‥‥自覚もなにも、そもそも綺麗じゃないから‥‥‥。俺ブスだから‥‥‥」  っはぁーーーーーー‥‥という伊春の深いため息に、氷室は思わずびくっと体を震わせた。  伊春はなんだかどうでもいいような気持ちになって、そのままボスンと後ろのベッドに横たわった。 「‥‥そっかぁ‥ひーくん自覚無しなんだ‥。それなら逆に隠しておいた方がいいかもな~‥‥」 「い‥伊春くん‥‥?」 「面食いの先輩たちに見られたら何されるか分からないしね‥あ、それにもしも僕よりも人気とか出ちゃったら嫌だし‥まあ僕より人気出ることなんてあり得ないんだけど‥‥」  伊春が空を見つめながら何かブツブツと呟いている。  何か気に触ったのだろうかと氷室は周りであたふたするが、伊春は気にするそぶりも見せず疲れた表情のまま寝転んでいる。 「‥‥‥‥‥」  しばらくの沈黙が続いた後、ゆらり、と伊春が身を起こした。 「ひーくん、やっぱ今の話無し!ひーくんはそのままでいいよ」 「あ、‥うん‥」  なんだ、綺麗とか言われてそんなわけあるかと驚いたけど、やっぱり冗談だったのか。変に真に受けて恥ずかしい‥。  と氷室は少し顔を赤くした。  立ち上がった伊春が、パン、と軽く手を叩く。 「よし、気を取り直して!ひーくん、僕暇だから、荷物の整理手伝わせてよ。荷物たくさんあるんでしょ?夕食の時間までに終わらしちゃおうっ!」  にこっと天使のような笑顔で笑いかけてくる伊春を見下ろして、氷室は静かに頷いた。  
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