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3.学園の生徒達
ああ~~~~‥‥‥‥‥。
疲れた‥‥‥‥‥‥。
やっと全ての整理がついた氷室は、寮のソファの上にヘナヘナと座り込んだ。
届いた荷物を全て開け、中身を棚やクローゼットに移し変え、足りない教科書を購入し、その教科書も棚へと並べる、ただそれだけの作業ならこんなに疲れるはずはない。‥‥1人でやっていたなら。
暇だから手伝わせてよ!そう可愛らしい笑顔で言った伊春。しかしこの数時間、伊春がやっていたのは手伝いではなく、むしろ手伝いの邪魔と言える行動だ。
「ひーくん、この本なに?エッチなやつ?あ、なーんだ違うの?どういう内容?」
「ごめーんひーくん、いじってたら折れちゃった‥‥‥」
「ひーくんの服借りてファッションショー始めまーす!どう?ぼく可愛い??」
「教科書買いに行くだけなんてつまらないから、売店でお菓子買っていこうよ~」
と、伊春の気まぐれにとことん付き合わされ、本来二時間もかからず終わるはずの整理が終わったのは、夕方5時半。つまり半日近くかかった、ということだ。
精神的にも体力的にも疲れきった氷室の横で、伊春はむしろピンピンしている。
「あ~やっと終わった~!けっこう時間かかったね~‥‥僕が手伝ってあげてなかったら、きっとこの倍はかかってたよ?感謝してねっ!」
いやいや、俺一人でやってたら少なくともこの半分もかからず終わってましたけど‥‥とはさすがに言えず、氷室は「は、はぁ‥‥」とため息混じりの返事をした。
「あ~たくさん動いたらお腹すいちゃった~。まだ5時半だけど、もう夜ご飯食べに行こうよ!」
伊春はそう言いながら、氷室の腕をグイグイ引っ張った。
つい一時間程前、教科書を購入するついでに、売店でパフェとエクレアとマカロンを買って食べている伊春の姿を見た気がするが。
小動物のような見た目の割に、伊春は意外と大食いらしい。
伊春に腕を引かれるまま、氷室は寮を出て、本館にある食堂へと向かった。
元から氷室は少食な方だが、今日は疲れたため一段と食欲がない。
ここが男子校ということもあり、食堂のメニューは全体的にかなりボリュームがある。見本として食堂前に置かれているサンプルを見るだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
「ん~なにがいいかなぁ~~‥‥天まで届く特大天ぷら、鬼も驚きのビックカツ丼、江戸っ子みそ汁男前定食‥‥」
口元に指をあて、券売機の前で伊春は首をかしげている。
「よしっこれだっ!超大盛り俺様カレー定食っ!」
なんだ超大盛り俺様カレー定食って‥ただのカレー定食でいいだろ‥。
と、妙に長いメニュー名が気になるが、それよりも伊春が大盛りを選んだことの方が驚きだ。
腹の中ブラックホールかよ。
「で、ひーくんはどうするの?」
「へっ?!あー‥‥えーと‥‥」
伊春の食欲に驚きすぎて、ちゃんとメニューを見ていなかった。
メニューのほとんどに「大盛り」とか「超」とか「特大」の文字が見える。
この学校に少食の人間はいないのだろうか‥。
「俺は‥サラダだけでいいや‥‥」
「え~~なにそれ~~!?もう、少食アピールはやめなさーい!そんなアピールして僕に可愛さで勝とうなんて、百年早いよ!」
伊春はそう言いながら氷室の肩に軽くパンチをする。
いや、少食アピールも可愛さ勝負もしてないんだけど、と思いつつも、ツッコミを入れる気力が氷室には残っていない。
とりあえずテキトーに食べて、今日は寝たい‥‥。
氷室は、「ウサギさんのニンジンサラダ」と書いてあるボタンを押した。なんだこの恥ずかしい名前のサラダ、と心の中で呟きながら。
そのときだった。
「おい、どけや」
ドスのきいた低い声が後ろから響いた。
いかにも威圧的なその声と言葉に、氷室は思わずその場に固まった。
やばい、この声、この口調、もしかして‥‥。
恐ろしくて振り返ることもできない。
固まって動かない氷室に嫌気がさしたのか、チッという舌打ちが聞こえた。
「お前に言ってんだよ、根暗。こちとら急いでんだ。」
先程よりも大きな声が聞こえたかと思うと、グイッと強い力で押しのけられる。
氷室は、ヒィッと情けない悲鳴をあげた。
そしておそるおそる、自分を押しのけ券売機の前に立ちはだかった男を見上げた。
そこにいたのは‥‥
少し襟足の長い、派手な真っ赤な髪。無駄にボタンの開いたYシャツ。ジャラジャラと音をたてる大量のネックレスと、大きな金色のピアス。
日焼けした褐色の肌に、猛獣のように鋭い目。
背が高く、ガタイのいい、「夜露死苦」の文字が似合いそうな男。
や、やっぱり、ヤンキーだ‥‥‥!!!!
氷室がこの世から絶滅してほしい人種第一位に君臨する、ヤンキーが、目の前にいた。
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