第1章 追っても逃げない獲物

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「誰かに、側にいて欲しかった」  躊躇(ためら)いがちに口にする間、彼は決して視線を合わせなかった。 「シリル?」  最初はキレイな人形みたいな男だと思った。微笑と呼ぶに相応しい、淡い笑みしか見せない吸血鬼が、長すぎた孤独の時間に表情さえ凍らせてしまったのだと――気づいた瞬間から、胸の奥が締め付けられている。  感情の名前なんて必要ない。  ただ、我が侭を言わせてやりたかった。『側にいて欲しかった』ではなく、『側にいろ』と言い切れるだけの強い感情を与えてやりたい。  これが自分の自己満足に過ぎなくても、感情豊かなライアンにとってシリルの寂しそうな笑みは苦しくて、変えたいと心から願った。 「血も要らない。あと10年も飲まなければ死ねるだろう」  淡々と告げるシリルは、その10年を一緒に過ごして欲しいと願うことさえ恐れている。  口にすれば叶う願いだと、気づこうとしない。どれだけの月日を生きたのか……もう疲れてしまったとでも?  細い体をそっと抱き寄せた。 「10年ね。じゃ、その後のオレはどうすんの?」  明け方が近い室内は、外の森と同じ青に染まっている。白い肌さえ青白く見えて、冷たい肌に手を這わせた。ライアンの台詞にびくりと肩を震わせたシリルは、ようやく視線を合わせる。 「シリルが死んだら、今度こそオレは死ねない。でも僅か10年で死ぬつもりもないんだぜ?」  紅い瞳は瞬きすらせず、じっと見つめてくる。そういえば、出会ってから一度も瞬いたのを見たことがないと気づき、悪戯心から(まぶた)に接吻けた。  咄嗟に目を閉じたシリルは首を竦め、驚いたような表情で数回瞬いてからライアンを見上げる。他人にはくみ取れないくらい僅かな表情の動きなのに、シリルの心情を的確に読み取れる自分がおかしくて、笑みを浮かべた。  穏やかなライアンを不思議そうに見つめ続けるシリルの右手は、さっきから掴んだ髪の先を離さない。冷めた口調や言葉と裏腹に、本心を隠しきれない仕草なのだろう。  幼い感情表現に、愛しさが込み上げた。 「さっきも言った通り、血なら幾らでもやる。だから、オレが死にたくなるまで一緒に暮らそう」 「だが……」 「だが……ってのはダメ! おまえがオレを殺せるから一緒に暮らすわけじゃない。オレがシリルの側にいたいんだ。惚れたのかもな」
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