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第2章 呼ばれざる客の訪問
足元に崩れ落ちた男を見下ろし、ライアンは金髪を弾いた。
背中から滑り落ちてくる三つ編みは、自分の成長が止まった20歳から伸ばしている。吸血鬼ハンターとして活躍してた頃は、目立つトレードマーク故に常に狙われた。
純血種の吸血鬼であるシリルに覚醒させてもらった今では、人間の範疇からはみ出してしまったライアンに、髪を伸ばし続ける理由はない。しかし、永遠の恋人(と本人は思っているが、口にすると怒るところが可愛い)シリルが気に入っているので、結局切らずにいた。
「殺したのか?」
眉を顰めるシリルが近づく。人間によい印象を持たない為に、自分の城に立ち入られる事を嫌うシリルは、相手が人間だというだけで不機嫌になる。
古城の庭に咲く薔薇のアーチをくぐる姿は優雅で、ライアンと違って育ちのよさを感じさせた。さらりと柔らかい黒髪が風に揺れる。
使用人がいないのに庭が荒れない理由は、シリルの特殊能力故だった。時間を操れるらしく、部屋にも埃ひとつない。
手を差し伸べて腕の中に閉じ込めた恋人の頬に接吻け、足元の男に目を落とした。
「いや? 殺した方がいいのかなぁ」
迷う口調で眉を顰めるから、シリルは微かに笑みを浮かべる。自分を人間と信じていた頃の影響なのか、吸血鬼は両手に余るほど滅ぼしたのに、人間を殺めることは抵抗があるらしい。夜の世界で数千年を生きる吸血鬼に『死神』の名で恐れられた男とは到底思えなかった。
「お前の好きにすればいい。外へ捨てるなら、記憶は消してやる」
「じゃ、頼むわ」
ライアンの腕を外して屈んだシリルの手が翳され、ほんのり光を灯す。すぐに消えた光で記憶を操作するのだろう。
「しかし、最近……ハンター多いな」
昼間でも平気で動き回る純血種のシリルは、まだ明るい夕暮れ前の庭を見回した。先日のハンターが壊した噴水を見つめ、ライアンの意見に同意するように頷く。
赤い唇が動いた。
「……嫌な予感がする」
「そうか? シリルのカンは当たるから……用心するか」
ライアンは無造作に男を担ぐと、門の方へ歩き出した。
「この先の湖のあたりへ置いてくるから」
力仕事を任せて、シリルは何かを探るように目を細める。気配じゃなく、何か感じるのだ。先日から感じる不吉な印象の正体は分からないが、自分達の敵になる存在などある筈がない。
不死の民であるライアンと、純血種のシリルに勝てる者はいない――己に言い聞かせて、肩から力を向いた。
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