階段の幽霊編

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 私はとんでもないミスをしてしまった、私の視界には音無さんしかいなかったはずなのに、そのはずなのに、今この瞬間で違ってしまった。  そう、そこには音無さんの肩に手をおく学ラン幽霊の姿があった。なぜ、どうして、突然そこに現れ、私が認識できたのかはわからない、だけど、とにかくそこにはあいつの姿があった。  私はすぐにでも音無さんを助けに行かなければならないと思ったけど、血の気が引くとはよく言ったもので、頭の血が全て下半身にズドンと集まり、私は身体を思うように動かせず、顔面蒼白でその場で立ち尽くしてしまった。  そしてそんな私の様子を察してか、音無は心配そうな顔で私を見つめ私のもとに駆け寄ろとしてきた。  勿論、背後で不気味に笑うあいつの姿に気づかぬまま・・・・・・  そして、音無さんの身体は私の目の前で、あの学ラン幽霊の手によって、不自然に背後から引っ張られるかのように宙に浮いた。 「あのフワフワとした女、死ぬで」「あんな身体で今度階段から落ちたら今度こそぽっくり行ってまうなぁ」そんなヘビの言葉が、私の頭のなかで何度も囁いてくる。  そして、その間にも音無は体制を崩しながら闇の中へと消えていこうとしている。その姿を私はただ見てることしか出来なかった。  なんなんだこの状況は、まるで音無さんは死ぬためにこの場所に来たかのようじゃないか、どうして、どうしてこんなことになっているんだ。  私の日常は一体何処に向かおうとしているのだろう?そんな思いの中、誰もいない静かな学校に音無の身体と地面がぶつかったであろう鈍い音がこだました。  私は2階へと繋がる階段の踊場まで行きうっすらと見える音無の影を見つけ腰を抜かした。視界には音無さんの身体らしき影がぴくりとも動かずのたばっており、音無さんを突き落とした張本人であろう学ラン姿の幽霊は見当たらなかった。  音無さん、生きているよな、まさか今ので死んだりしないよな。  彼女とは最近あったばかりだけど、いつも元気で馬鹿みたいに騒がしいじゃん。どうせ、また笑いながら起き上がろうとするんでしょ・・・・・・?  しかし、そんな願いも虚しく暗闇の中うっすら見える音無さんの影は動くことはなかった。  そしてそんなただ呆然と座り込んでいる私の右頬に生暖かいものを感じ私は我に返った。 「あへへ、やっと二人きりだ」 「ひっ」  両肩に手を乗せられた感触、私は目を閉じて必死に高鳴る心臓を落ち着けようとした。 「もう誰も僕達を邪魔するものはいない、さぁ、僕と一緒に永遠を手に入れよう」  永遠、そういえば初めて合った時もそんなことを言っていたがいったい永遠とはどういう意味なんだろう?こんな状況でもなおのんきな私は心底冷静すぎると自己嫌悪していた。 「さぁ行こう、あいつと一緒にはなれないけど僕は君と一緒になれる」  だめだ、身体に力が入らない、おまけにあのヘビがいないから今私がこの幽霊にできることは何もない。  私はこのまま音無さんのように階段から突き落とされてしまうのだろうかと諦めかけたその時、私の身体が勝手に動き出した。  いや、明確には動いたというより動かされているという表現のほうが正しい、とにかく私は声も出すことが出来ずに私は立ち上がり、そして階段の方へと一歩一歩向かっていく。  それはまるで私の身体じゃないように動いていて階段の直ぐ側まできた所で立ち止まった。 「さぁ、行こう君もこれで僕の仲間だ」  私は背後から押され、そして徐々に身体が前に倒されていく、あぁ、だめだこのまま倒れたら私は絶対に死ぬ、今後ろにいるこいつに殺される。  徐々に前のめりになっていく中で視線の先には音無らしき影と何やらもぞもぞとうごめくものがうっすらと見えた。  なんだろうあれ、もしかして音無さんは大丈夫だったのだろうか?  あぁ、しかもこんな時に限って私の頭の中は音無さんが屋上階段に現れたときのことを思い出している、そうか、これが走馬灯というやつなのだろうか?  音無さんに出会い、更科先生に出会い、幽霊に出会い、そして喋るヘビに出会ってそれからそれから・・・・・・・あぁ、もうこの先はないのかもしれない。  瞬間、私の首元に痛みが走った。そして、その衝撃のせいで私は階段から落ちる一歩手前で尻もちをついた。すぐさま首元に手を当てると2つほど、くぼみのようなものがあるのを感じると、すぐに男の叫び声が聞こえてきた。 「ぐぁ、なにするっ」  私はすぐさま携帯のライトで声をする方を照らした。  すると、光の先にいたのは今のいままで行方不明になっていたヘビと、のたうち回る学ラン姿の幽霊だった。  ヘビは学ラン姿の幽霊の首に飛びついているようで幽霊は必死に振り払おうとしている。学ラン姿の幽霊はうめき声を上げ床に這いつくばって悶えている。私は息を切らしながらすぐに学ラン姿の幽霊から距離を取った。 「ヘビちゃん・・・・・・」 「すまん、うちがやらかしてしもうたせいでこないな事になってしもた」 「この、クソヘビ野郎っ」  怒声を上げる学ラン姿の幽霊に思わず体がはねた。  だが、その言葉を聞いてヘビは更に締め上げた、見ただけでもわかるほどの締め上げについには首の骨が折れてしまうんじゃないかのようになっていた。  目をそむけたくなるようなそんな光景だったが、なぜか目を離すことが出来ない私はそのままその光景を眺めていた。  すると、学ラン幽霊に巻き付くヘビは私を見つめてきた。  そして、舌をちょろちょろと何回か出した後学ラン幽霊から離れ、私の身体に巻き付いてきた。  すると、学ラン幽霊は苦しそうなうめき声をあげながら口元を抑える様子を見せていたかと思うと、どういうわけか彼は勢い良く何かを吐き出した。  それはキラキラと光る球のようなものだった。それだけを見れば私はいますぐにでも手に入れたい気持ちだったけど、そうも言っていられない。 「ええか零、あのキラキラしたやつの踏み潰すんや」 「え、何、あれ何なの?」 「あれを潰せばすべてが解決する」  私は言われるがまま床に転がっている小さな光る玉を踏むと、学ラン姿の幽霊は悲鳴を少し上げた。そしてまるで自らが吐き出したものを取り戻そうと言わんばかりに歪んだ表情で私の元へと近寄ってきた。 「早よやらんと面倒なことになるで」 「わ、わかってる」  急かすヘビの気持ちはわかるが、どうしてもこの幽霊に聞いてみたいことが私にはあった。 「あへへ、身体が痛い、さっきとは比べ物にならないくらい身体が痛い、なんだこれ」 「ねぇ」  私は転がる幽霊に話しかけると、気持ち悪い笑顔を見せながら私を見つめてきた。 「な、なんだい、へへっ」 「何でこんなことをしたの?」 「そ、そんなことより僕の大切なものを返してくれないかなぁ?」  そんなことをいう幽霊に対し私は光る玉に体重を乗せた。 「あぁっ、わかった、言うから少し待ってくれ」 「早く」 「わ、わかったわかった、理由なんてない、ただ階段にいる人を見ると突き落としていた、それだけだよ、あへへ」 「一体、何が面白いの?」 「それは僕にもわからない、けど、人を突き落とした時の快感が忘れられないんだ、だって背中を少し押しただけで、みんなばかみたいに転げ落ちて動けなくなるんだよ、あの情けない姿が僕は好きで好きで、あへへへ」  まるで罪の意識がないような口ぶりに私はもうこの光る玉を踏みつぶそうと思った。しかし、力をこめると学ラン幽霊の悲痛な叫びが響き渡り、思わず踏みとどまった。 「あぁっ、待ってくれっ、友達を突き落としたことは謝るから踏み潰さないでくれっ」 「謝る?」 「あぁ、きみの友達には悪いことをした、謝る、すまなかった」  そう言ってヘコヘコと頭を動かす学ラン姿の幽霊、こんな奴に音無さんは。  そう思うと、やはり私は今ここでこいつを亡き者にしなければならないと思った。 「ううん、これで終わり、私がこれをふみつぶせば明日から今までどおりの日常が戻ってくる、あなたの事なんてどうでもいい」 「ま、待ってくれ僕にはあの場所を守るという使命があるんだ、だから許してくれ」  あの場所というのが気になるが、そんな事はどうでもいい、こいつに守るべきがあるとしても、人を傷つけることで守るなんて全く男らしくないし、何よりも音無さんを傷つけた罪がある、絶対に許せない。 「一体どこのことを言ってるのか知らないけど、私の大好きな神聖なる階段はは私のもの、だからとっとと消えて」 「違うっ、あそこはっ」  そう言った学ラン姿の幽霊の表情は真剣そのもので今までのへらへらとした雰囲気は一切見られなかった。いまさらそんな顔をして、いったいどんな心変わりか、はたまた私を欺こうとしているのか。 「あの場所だけは絶対に譲らない、僕達だけのものだっ」  突然声を張り上げてそんな事を言う幽霊は何やら自分の姿を確かめるかのようにして困惑している、そんな姿に私は違和感を感じた。 「何なの?」 「へ?」  学ラン姿の幽霊はまるで 別人といった風な様子で私を見上げた。それはまるで自我が戻ったかのよな様子であり、今までの邪悪な気配が消えているように思えた。 「なんでそんなに強い気持ちを持っていながら、あの時自殺という選択をしたの?」 「自殺・・・・・・?」 「私の聞いた話では、君は不良に嫌がらせをされて挙句自殺してしまった生徒いたらしい、あなたがそうなんでしょ?」  私がそう伝えると、学ラン姿の幽霊は先程までの苦痛の表情はどこえやらとても安らかな顔をして小さくほくそ笑んでいた。 「あぁ、そういえばそんなこともあったね、詳しいね」 「別に」 「そうだよ、その通り僕は自殺したんだ、そして、僕が目をさますとこんな体になっていた。  でも僕の思惑通り好きだった場所に人が寄り付かなくなったし、すべてがうまくいっていたそう思っていた。でも、それは僕が勝手にそう思い込んでいただけで実際はそうじゃなかった」 「どういうこと?」 「この体は生きていた頃の僕とは全く違う、知らぬ間に僕は人を突き落としたり、変な笑い方をするようになってたみたいだ」  乾いた笑いを見せる学ラン幽霊からはもう先ほどまでの狂気はかんじられなかった。 「あの時、不良に囲まれてとてもつらかった時に、その言葉と気持ちを忘れなければこんなことにはならなかったはず」  私自身何故こんな相手を諭すような言葉を伝えるのか分からなかったが、この学ラン姿の幽霊がどうしても他人とは思えないような感覚に陥っていたのは確かだった。 「え?」 「それだけの気持ちがあれば、自殺なんかしなくても他の方法を見つけられたはず、でも、そんなことすら考えずに愚かな思考で自殺してしまった君は間違っている」  逆上されてまた厄介なことになるかもしれない、そう思ったけど、私の言葉に学ラン幽霊は小さくほくそ笑んだ。 「そ、そうだね、あはは」  そんな学ラン姿の幽霊の会話を聞いていたであろうヘビが突然私に話しかけてきた。 「もうええやろ」 「・・・・・・わかった」  不覚にも学ラン姿の幽霊と似てる部分を感じた私は、どうしても彼と話し込んでみたい気持ちがあった。  しかし、いつまでも幽霊などという不思議なものを相手にするわけにもいかない。  私はメガネに体重を乗せて完全に踏み潰す体制をとった、学ラン姿の幽霊はもう抗う様子は無く静かに呻き声を上げた。 「なんだろうこの気持ち、今までなくしていたものが戻ってきたようなこの安心する気持ち、自分がこんなことになる前に君に会えたらよかったな」  まるで、私を優しい女神か何かのような目で見てきている様子だ。 「そう、でも私はそう思わない、踏まれて安心するなんてとんだ変態野郎はお断りかな」 「あはは、きっついなー、でもそんな風に直接言われたほうが気分はいいや」  もう先ほどまでの学ラン幽霊のおもかげは見られず、むしろ好青年にも思えてしまうほど潔く爽やかだった。これほどまでに幽霊というやつは不安定な存在なのか。 「あの世へと送り届けてあげる」 「そうだね、極楽に行けるといいな」 「残念だけどそれは無理」 「そうか、そうだよね」 「でもさ・・・・・・」 「え?」 「地獄には無限階段という拷問があると聞いたことがある、だから安心して地獄に行けばいいと思うよ」  自分でもどうしてこんなセリフを幽霊に伝えているのかわからない、けれど、思ったことを口にしないと気が済まない私はついつい余計なことを喋ってしまった。そして、そんな言葉に学ラン幽霊はまた優しい笑顔を見せた。 「優しい人だ、僕みたいなクソ野郎にそんな言葉を掛けるなんて」 「それはあなたが優しさに飢えているだけ、優しさほど怖いものはない」 「難しいね、最期に一つだけいいかな」 「なに?」 「あの場所、大切にね」  その言葉を聞いた後、光る玉を踏みつぶした。すると、学ラン姿の幽霊はその透けた身体がまるで燃え上がり、そして完全に姿を消した。
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