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恐ろしくも不思議なものが全てが消えてしまった瞬間、私は再び床に座り込んだ。
それは、これまで張りつめていた恐怖の糸がプツンと切れたようなそんな感覚であり、私は大きなため息が出た。
「お、終わったんだよねヘビちゃん」
「せや、おつかれさんさん」
「あ、そうだ音無さんっ」
私はガクガクとする頼りない足と共に、階段を降りて音無さんの安否を確かめた。
彼女は相変わらず動かずに床に寝そべっており、私身体をくまなく調べたが血が出ている様子もなく呼吸も感じることが出来た。
気を失っていただけなのかもしれない、そう思い私はすぐに音無さんをおぶり保健室に向かった。保健室までの道のりは遠く何度か休憩しながらようやく保健室にたどりつくと更科先生が椅子で足を組みながら待っていた。
「おかえりー」
「はぁはぁ、おかえりじゃないですよ音無さんがまた階段から落ちてしまって」
「あれ、零さん?」
保健室に着いた途端音無は目を開けて私の顔を眩しそうに見つめてきた、良かった意識はしっかりしているのだろうか。
「うふふっ、大丈夫そうね」
「いや、ちゃんと見たほうが」
「零ちゃんこそちゃんと見てみたら?」
更科先生は私達の元へ近付き音無の頭をコンコンと小突いた。それはおおよそ人の頭をたたいているような音ではなく、明らかに硬いものの音だった。
「え、なにこれ?」
なんと、音無さんが頭にしていた包帯の模様をしたヘルメットだった。どうやら暗がりではっきりと彼女を見れていなかったようだ。
「私がまた階段から落ちても大丈夫なように作ったのー、ちょっとブサイクだけど安心、安全性はあるわ、ちゃんと実績のあるものよ」
「心配して損した」
あまり信用性はないけど、意識があるようだし、何ならこの後病院に連れて行くように先生を説得するしかない。
「あら、損はしてないはずよ零ちゃん」
「え?」
「それだけ誰かのことを思える気持ちが損なわけ無いでしょ」
「な、なんですか急に」
なんだか気恥ずかしいセリフを投げつけてきた先生をよそに、隣の音無さんは何やら元気がなさそうな感じだった。
「あら、どうしたのマリーちゃん、元気が無いわ、本当にどこか悪い所うったかしら?」
「違うんです、零さんに聞きたいことがありまして」
「何?」
正直な所私はもう頭のなかが一杯いっぱいで今すぐ家に帰っておいしいチョコレートを食べたい。
「零さんってやっぱり本物の幽霊さんなんですか?」
「「へ?」」
突然そんな事を言う音無さんに私と更科先生は顔を見合わせた後、一緒に爆笑した、こんなに笑ったのはいつぶりだろう?
「あっははははは、どうしてそう思うの音無さん」
「えっ、あのその」
「そうよ、マリーちゃんどうして零ちゃんが幽霊になるの?」
「わ、笑わないで下さいっ」
音無さんは笑われていることに機嫌を損ねたのか、そこそこ大きな声で私達を叱りつけた。
「ごめんごめん、で、なんで?」
「だ、だって、零さん初めて合った時からなんか変な感じがしてて、それに零さんに会ってからよく階段から落ちるようになったし」
「うん」
「おまけにさっき私に死にたいのかって言ってきた後、また階段から落ちちゃうし、本当に零さんは幽霊さんで私は呪われてるのかなって・・・・・・」
口を尖らせながらそんな事を言う音無さんを更科先生は優しく抱きしめにきた。
「もう可愛いわねマリーちゃん、大丈夫よ零ちゃんは幽霊なんかじゃないわ」
「本当ですか?」
「えぇ、むしろあなたを助けてくれたのよ、ねっ」
そう言って私にウインクをしてくる更科先生、図らずとも自分のしたことが音無さんのためだと分かると急に恥ずかしくなった
「じ、自分のためです、大体音無さんが来なければもっとスムーズに事を運ぶことが出来ました、それと先生は音無さんをちゃんと保護しといてくださいよ?」
「ごめんちゃい」
おどけて謝る先生に少し苛立ちを感じつつも、今は個々数日私を悩ませていた事が解決していて内心ものすごく気分がよかった。
「零さん、助けてもらってありがとうございます」
「あ、うん、別に」
「そっか、零さん幽霊さんじゃないんですか、そうですかそうですか」
何やらぶつぶつと喋る彼女は私の知っているいつもの音無さんに戻っており、今すぐにでも私が退治した幽霊のことを訪ねてきそうな気がしたので早めに退散することにした。
「じゃあ、先生、私帰ります」
「えー、だめよー、今から幽霊退治の打ち上げよー」
「は?」
「え、ちょっと、どういうことですかサラちゃん、幽霊退治ってどういうことですか?」
「いいからいいから、マリーちゃんの好きなオムライス食べさせてあげるから」
「ホントですかー?」
「ホントよ」
音無さんは幽霊のことなんかよりもオムライスのほうが優先される現金な奴のようだ。
そして私達は更科先生が学校の戸締まりを終えるまでの間が教職員用のガレージで待っていた。
「零さん」
「何?」
「幽霊退治しちゃったって本当ですか?」
「音無さんから悪い報告だと思うけど答えは、うん、退治したと思う」
「もー、なんで私も連れて行ってくれないんですか、私も幽霊さんに会いたかったのに」
そんな事を言いながら私の腰に抱きついてくる音無さん、いい加減その抱き着き癖をやめてはくれないだろうか?
「そんなこと言われても」
「あれ、でも零さんが幽霊退治をしたってことになると、幽霊は現実に存在したってことになりますよね?」
「え?」
「だから、幽霊退治が出来なければ幽霊もいないと思えますけど、幽霊退治が
できてしまえれば幽霊はいることになりますよね」
「え?」
しまった、私は現実と非現実の世界をごっちゃにしてしまった、そうだ、幽霊はいないものとしていれば音無さんは幽霊を信じなかったのに、どうして素直に幽霊退治をしたなんて言ってしまったんだろう
「と、いうことは私の考えは間違っていなかったんですね、幽霊はこの世に存在するっ、私のママも本物の幽霊とお話してる、ということは後は私が幽霊を見つければ幽霊さんと友だちになることも可能だということですっ」
でも、音無さんを救うためには私の今回の選択は間違っていなかったのかな・・・・・・
「い、いや、でも私が嘘をついてるかもしれないよ」
「へ?」
苦し紛れだが、そんな発想をされてはこう返すしかない。
「いや、幽霊なんていないよ、いない」
「何言ってるんですか、零さんは幽霊胎児をしたんですよねっ」
キラキラとした瞳を見せる音無さん。
どうやら彼女の幽霊熱をさらに高めてしまったみたいだ、この調子だとこれからも騒がしい厄介な事に巻き込まれてしまうんじゃないだろうか?
「実は私本物の幽霊さんを見たこと無くてずっと悩んでたんです、でも今日零さんにそう言われて再び私の中にある幽霊熱が再び強く燃え上がりました」
「・・・・・・さ、最悪だ」
「というわけで零さんっ」
「な、何?」
「私とお友達になって下さい」
そう言ってお辞儀をしながら右手を私の前に突き出してくる音無さん、確か初めて会った時もこんなことをされたような、どうして改めてこんなことを言うのだろう。
「え、友達?」
「はい」
友達も作らず学校生活を屋上階段で過ごしてきた私にとってこれ以上ない理想的なシチュエーション、私から歩み寄らずに向こうから友だち申請をしてくれる。
現代のネット社会ではそこまで珍しくはない事だが、現実世界でのこの状況は胸高手震な青春の1ページをめくれそうな展開。
初めて音無さんに友だち申請をされた時はこんな気持にならなかったのだが、今は違う、彼女が頭のなかで常に常駐して離れることがない。
それほど私の中で音無という人間は私の日常に溶け込んできている。
そして私の手は音無さんの右手へと近づいていく、これを機に私は彼女と友だちになり、楽しい高校生活を過ごすことになるのだろうか?
「お願いします、零さんといると幽霊さんに出会える確率が上がりそうな気がするので友だちになって下さいっ」
自らのポジティブシンキングを呪いたくなる。そう思えるほどの音無さんの言葉に私の青春熱は一気に醒めてしまった。
「絶対友だちになってやんないっ」
私は音無さんの右手を思い切りビンタした、それが思いの外ジャストミートしたのか、とても心地よい破裂音が辺りに響き渡り、少し遅れて音無さんの悲鳴が鳴り響いた。
「おまたせ、って、どうしたのマリーちゃん?」
ちょうど更科先生が車の鍵をちゃりちゃりと鳴らしながら近づいてきた。
「零さんが私をいじめるんですっ」
「音無さんがやっぱり音無さんだったので」
「なぁに、よくわかんないけど早く車に乗って」
私は更科先生にお礼を言いながら後部座席に乗り込んだ、音無さんも右手を抑えながら私の隣に座り、明らかに私よりに座ってきた
「ちょっと、近い」
「いいじゃないですか、それより友だちになってくれないんですか?」
「知らない」
「サラちゃん、零さんが友達になってくれません」
車のエンジンをかけながら更科先生は笑ってこっちを向いた。
「私から見たらあなた達二人はとっくに友達のように見えるわよ」
私は無表情、音無さんは満面の笑みで顔を見合わせた。
そう言い残した更科先生は車を発進させ、目的地のファミレスに到着するまでの間車内では先生が好きなクラシックだけが流れるとても落ち着いた空気が流れ、珍しく隣に座る音無さんも静かに座っていた。
ファミレスに着いてそうそう音無さんはトイレにいくと言って小走り出かけて行き、私と更科先生は四人席に対面する形で席についた
「それにしても本当に幽霊退治ができたなんて驚きだわ」
「これはたぶん夢なんですよね」
「違うわよ、何なら頬っぺたにキスしてあげましょうか?」
「どうしてそうなるんですか」
「だって、零ちゃんがそんなこと言うから」
「いや、だってあまりにも現実離れしすぎてて、もう何が何やら」
「そうねぇ、じゃあまずは、どうやって幽霊退治したのか教えてくれるかしら?」
「それはですね・・・・・・じゃなくてっ」
危ないあぶない、喋るヘビがいてそいつが私の足に絡みついて不思議な力でやっつけました、なんて言えない。
「えー、教えてくれないの?」
「いや、なんか上手いことやったらヒューって昇天しちゃいましたよ」
「あら、私の言ったとおりにやったの」
「え、まぁ、そんなところですかね」
そういえば、私が更科先生に幽霊退治の事聞いた時そんな事を言ってたような気がする。
「でも、これで零ちゃんもマリーちゃんと同じように幽霊を信じちゃう人になっちゃったってわけだね」
「今現在夢が覚めないで、しかもあんな体験をしてしまった以上、そうですね、今すぐ卒業してもいいくらいです」
「どうして?この間入学したばかりよ」
「それ位濃密な時間を今日一日で体験しました」
「うふふ、そんなこと言わずにこれからいろんな経験をしなくちゃいけないわ、それが青春なんだから」
「いえ、なるべく現実的に生きるよう行動します」
「あら、そう?」
頬に手を着いてニコニコと笑う更科先生、どこか遠い未来まで見通しているかのような微笑みに少なからず恐怖した。
「大体、今回の事件、先生が私をそそのかさなかったらこんなことにならなかったんですよ」
「え、私のせい?」
「そうですよ、人の弱みを握ったりして脅して」
「脅すなんて、私そんな事してないわ」
「したじゃないですか、真田先生に報告するわよって」
「でもそれは先生として当たり前のことよ」
「そ、その通りですね」
「それに私がいなくても零ちゃんはきっと今日のようなことに巻き込まれていたと思うわ」
「先生がいなくても?」
そんなやりとりをしていると音無さんが軽やかな足取りで私達のもとに戻ってきた。あぁ、そうか音無さんのことを言っているのか?
「ただいまー」
「お帰りマリーちゃん」
「えーっと」
音無さんは唇に手をあて私と更科先生を交互に見て考え込んだ後私の隣に座ってきた
「さぁ二人共好きなもの注文していいのよ、遠慮しないでね」
「やたー、サラちゃん大好き」
「じゃあ、遠慮なく」
注文を終え、しばらく談笑していると店員が料理を持ってきた、三人分のサラダボウルと私は和風ハンバーグを頼み、音無さんはオムライス、更科先生はとても大きなステーキを頼んだ、先生は意外と大食いのようだ。
「先生って大食いですね」
「お肉大好なの」
音無は私の隣で黙々と夢中になって食べている
「先生は音無さんと、こうしてよく食事するんですか?」
「ちょっとまった」
「へ?」
そう言いながら大きな手のひらを私達の前に突き出す更科先生。
「ずっと気になってたんだけど零ちゃんのその、音無さんっていうの気になるわ、あと私のことも」
「あっ、それ私も気になってました」
待ってましたと言わんばかりに音無さんまでもがノリノリで会話に入ってきた。
「な、なにが気になるんですか?」
「気になるよねマリーちゃん」
「はい、私は零さんって名前で呼んでるのに、ずるいですよ」
「音無さんだって先生の名前苗字で呼んでるじゃん」
「え、あ、その・・・・・・」
私の言葉に動揺する音無さんは少しだけ可愛らしかった。
「アダ名はセーフよ零ちゃん、ちなみにサラちゃんはマリーちゃんが使ってるから零ちゃんは使えないわよ、他の呼び方で読んでね」
「なんですか、あだ名はセーフって、っていうか先生は更科先生でいいじゃないですか」
「だめよ、私たちこれからたくさん仲良くするのよ」
「え、えー」
「だから零ちゃんも私の事やマリーちゃんのことをそれなりの言い方で呼ばないとなんだか気持ち悪いわ」
「き、気持ち悪い?」
随分な言われようだ、しかし、なんと言われようと私は音無さんというそれなりの距離感を保てる呼び方は変えない。
「「はーやーく」」
しかし、それを許してくれないのがここ最近の私の周りの環境であり、押しに弱い私は今にも屈してしまいそうだった。
「なんて呼べばいいんですか?」
「それはもう、好きなように呼んでくれて構わないわ」
「はい、零さんの思うように呼んで下さい、さぁ」
それなら今までどおりの呼び方でもいいじゃないかと思ったけど、この二人相手にそんなことをすれば、店内がうるさくなってしまうと踏んだ私は、素直に下の名前で二人を呼ぶことにした。
「恭子先生、でいいですか?」
「はーい、よく出来ました」
満足する恭子先生に対し、音無さんは今か今かと言わんばかりに私に顔を近づけて来る。
「・・・・・・ま、マリア」
「あっ」
「なに、ちゃんと名前で呼んだんだけど」
「はい、ありがとうございます零さん」
「え、ずるーい私も呼び捨てでお願い零ちゃん」
「先生は年上だし、教師だから無理です」
そう言うと恭子先生はむくれながらステーキを頬張った、そして音無は先程のようにオムライスを頬張り、私もハンバーグを頬張った。
そんな二人との打ち上げを終えた私は食事を終え、先生にわざわざ自宅まで送ってもらい、二人に別れの挨拶した後私は玄関の鍵を開けてようやく帰宅した。
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