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時刻は八時過ぎ、お風呂にでも入って、ゆっくりしたいところだったけど、その前に私にはどうにかしなければいけない事案が新たに発生していた。
「いやー、今日はつかれたなー」
玄関を閉じた途端にカバンの中からニョロっと顔をだすヘビがいた。
「ちょっと」
「なんや?」
「なんでいるの」
「なんでって、そらおるでー」
そう、ファミレスの時から何やらもぞもぞと鞄の中でうごめいていたヘビ、だが、私は気のせいだと思いながら食事に夢中になっていた。
しかし、一人になると堂々とこのヘビは私の前に現れた。
「あーあ、幽霊と一緒にヘビちゃんもいなかったことになってたら私の日常が本来の姿に戻るのに」
「まぁ、ええやないか仲良しようや」
「はぁー」
ため息とともに、私は床にぐったり寝そべった。そうしていると少し冷たいフローリングが少し火照った体を冷やしてくれるようで少し気持ちよかった。
「どないしたんや?」
予想以上の疲労に、ヘビが喋ることなんてどうでも良くなっていた。そして、それよりも今日体験した出来事が私の頭のなかで何度も再生された。
幽霊という普通に生きていれば出会うことのないものと出会ってしまい、挙句の果てには退治までしてしまう。
今、目を覚ませば夢だったんだと思えるような出来事、そんな事を考えていると、足元に違和感を感じ視線を足元に向けると、太ももに巻き付こうとするヘビの姿があった。
そうだ、これのこともある私はこの喋るヘビを日常として受け入れてこれからの人生を送っていかなければならないのだろうか?
「ヘビちゃんこれからどうするの?」
「一緒に住むー」
「・・・・・・え、やだ」
「な、なんでや、今日はめいいっぱい自分の事助けたったやろ、それに、うちは気づかれてへんだけで自分とは前々からずっと一緒におったんやで」
「それは嘘、部屋の中で見たことなかったもん」
そうだ、このヘビは家の中では一度も見たことがなかった・・・・・・はず
だ。
「自分何でもかんでも冷凍する癖あるやろ」
「えっ?」
「それから寝る前にいっつもぬいぐるみギューッとして安心したように眠るやろ」
「はぁっ、なんで知ってるっ」
「あと下着の色はもうちょい考えたほうがええで、なんや暗いわ下着の色まで暗いのはどうかと思うで、赤とか似合うと思うんやけどなぁ」
私は太ももから引き剥がしヘビを持ち上げどこまでが首なのかわからないが首を締め上げた
「も、もういいでしょヘビちゃん」
「なんや、なんで怒っとるんや、うちは自分と一緒におったことを証明したかっただけや」
「ちゃんと説明、してっ」
「・・・・・・はい」
今、私の目の前にヘビは守護霊というものらしく、私に生まれた時からついていたものらしい。
基本的に多くの人がこうした守護霊を持っていて、そのほとんどが血の繋がった先祖の霊がつくことになっているのだが私の場合動物が守護しているらしい。
なんてまたまた現実世界の会話とは思えないなんともぶっ飛んだ会話をされたのだが、この守護霊とやらに守られた私にとってこの話は信じるほかないというのが今の現実というわけだ。
さらに、守護霊というものは基本的に守護主自体に直接干渉することは無く、振りかかる不幸を間接的に対処したりするのだが。
私の場合、今回の幽霊騒ぎでどうしても直接干渉をしなければならない状況になってしまったらしく、私の前に姿を表して色々な手助けをしてくれているようだ。
という、ぶっ飛んだことを簡潔に説明してくれたヘビは、どことなく自慢げな表情をしているように思えた。
「でもさ、ヘビちゃん私が幽霊騒ぎになる前に屋上で何回も見かけたんだけど、あれは何?」
「それはあれや、うち寂しがり屋やから」
「なにそれ、ただの目立ちたがり屋なんじゃないの?」
「ちゃ、ちゃうわー、大体、自分も大概寂しがり屋やろ、似た物同士仲良うしようやー」
「まぁ、いろいろわかったけど、その「自分」っていうの止めてよ、ややこしいから」
「なんや急に?」
「守護霊なら主の名前くらいちゃんと呼んでってこと」
柄にもなくそんなことを言う私、どうやら先程の恭子先生とマリアのやりとりに感化されてしまったのだろうか?
「零でええんか?」
「うん、それでいい、ところでヘビちゃんに名前とかないの?」
「あるっちゃーある」
「へーあるんだ、じゃあ私も名前で呼ぶから教えてよ」
そう言うとヘビは恥ず樫野かなんなのかきょろきょろとあたりを見渡した後舌をペロペロとだした。
「ユダ」
「ヤダって子どもじゃないんだからちゃんと教えなよ」
「ユダや言うとるやろ、ちゃんと耳に穴あいとんか?あと、全然おもんないからなそれっ」
「え、ユダ、ちゃん?」
本当に聞き取れなかったものは仕方ない。
「せや、それとその、ちゃんづけすんのは何や、癖か?」
「別にいいでしょ、とにかく、私の守護霊だかなんだか知らないけど、守ってくれるんなら追い出すっていうのもなんかおかしいし、これからもよろしくユダちゃん」
そう言うとユダは嬉しそうにニョロニョロと私の足に巻きついた。
「もっちろんやー、よろしゅうな」
「というわけでここにちょうどいいケージがあるからここでおとなしくしててね」
そういって私は部屋の隅っこにおいてあるペット用ケージにヘビを投げ入れ。
「な、うちはペットちゃうんやでー」
しばらくしても文句を垂れるヘビに嫌気が差した私はケージではなくたまたま台所下の棚に入っていたツボのようなものを見せると、意外にも気に入りその中にすっぽり入っていった。
タコ壺ならぬヘビ壺、笛でも拭いたらニョロニョロと出てきてくれるだろうか。
とにかく、そんな長い一日を過ごした私は、いつもなら寝る前に本でも呼んで暇つぶしをするつもりだったのだが予想以上に身体が疲れていたためかすぐに布団の中に入り眠る事にした。
次の日、本当なら今日は休んでもいいくらいこの学校に貢献したはずの私は誰にも茶化されること無くいつものように静かに登校した。
授業もそこそこに受けたあと放課後になると私はいつもの様に学校中を歩き回っていた、普段はめったに行かない外にある非常階段にも行動範囲を広げ、外に出て見た。
すると、何やら非常階段で用務員の爺ちゃんがしゃがみこんでいるのを発見し、私は恐るおそる覗き込むと、階段に花を供え手を合わせていた。
私はどうしてもその不思議な状況に気をとられいつのまにやら用務員の爺ちゃんに話しかけていた
「あの」
私が話しかけると用務員のおじいちゃんはゆっくりと私の方を向いた。
「おや、どうかしたかい学生さん?」
「今、何してたんですか?」
「あぁ、実はここで昔、ある学生が亡くなってね」
階段で学生が亡くなる、まさかあいつのことじゃないよな?
「すみません、その話詳しく聞かせてもらえませんか?」
「・・・・・・」
用務員のおじいちゃんは目を細め首を徐々にかた向け何かを覗きこもうとしている。
「ちょっと、何してるんですか?」
「しししし・・・・・・」
し?何を言ってるんだと思いつつ昨日の学ラン姿も同じような事を言っていたことを思い出し、私は思わず用務員の爺ちゃんに蹴りを入れてしまった
「じじい」
「お、おぉ最近の若者は怖いのう、しかし中身は純粋で真っ白な心を持っておる良い子じゃ」
「警察呼びますね」
「わ、わかったなんでもするから許してくれ」
とんでもないおじいちゃんに私は呆れてため息を着いて、再び亡くなった学生とやらの話を聞くことにした。
「早くその亡くなった学生とやらの話を聞かせてくれませんか?」
「そのことなんじゃが、聞いてもあまり気持ちの良い話じゃないぞ」
「そんなのかわかってる、人が死んでるんでしょ、気持ちの良い話なんか期待していないです」
「そうか、なら少しだけ」
「ありがとうじじい」
「・・・・・・そのじじいというのやめてくれんか?」
「警察を」
「確かあれは10年ほど前の話だったか、わしはいつもこの非常階段の所でよくサボっていたんじゃ」
ろくな用務員じゃないようだ。
「一人の学生がやってきての、丸メガネにオカッパ頭の賢そうな子だった。わしはその子にどうかしたのか聞くと、その子は学校が面白く無いと言ってきたんじゃ。
わしも幼いころ学校が嫌いでよくサボっていたもんだから、その子の事を気に掛けるようになって仲良くなってのぉ。
しかし、仲良くってもその子は最後には「学校は面白く無い」と言っておった。そんな学生をかわいそうに思ったわしは、楽しい学園生活の秘訣を教えることにしたんじゃ」
「楽しい学園生活?」
「あぁ、わしがいつもこの非常階段でサボっているのには理由があるんじゃ」
「何なの?」
「それはここからたくさんの女子生徒のパンツが見えること、一番下のここからだとそれが見えやすい、そのことを丸メガネの学生に教えると、たちまち鼻から血を出しての、ウブな奴じゃったわ、ははは」
徐々に私の心の中に不安と怒の文字が増殖していった。
「その頃からわしとその丸メガネの学生は階段に座って女子生徒のパンツ鑑賞を楽しむようになって、毎日スリルとハッピーを感じておったわ。
だが、ある時わしが身体を悪くして入院することになっての、その際にわしはその丸メガネの生徒に非常階段の管理場所の死守を言い渡したんじゃ。
すると、丸メガネの学生はわしの目の前で敬礼をして気合の入った顔で快く承諾してくれた。
そしてそれから数ヶ月が立ち退院して学校に戻ってきた頃にはその丸メガネの学生がいなかった。わしは学校中を探したが、結局彼を見つける事はできず諦めていた。
すると、その時、先生から非常階段で学生が自殺したという話を聞いての、よく話を聞けばどうやらわしが仲良くしておった丸メガネの生徒だったことがわかったんじゃ・・・・・・」
用務員の爺ちゃんの目はうっすらと涙を見せていた。
「わしがいない間に辛い思いをしとったみたいで、助けてやることが出来なかったわしは罪滅ぼしとしてこうして花をここに手向けているんじゃ」
そうか、学ラン姿の幽霊が守りたかった場所というのはおそらくこの場所だったということか、なら、音無さんが私のもとに訪れたのはとんだ間違いだったというわけか。
「ん、どうかしたかの?」
「いや、なんでも」
「やっぱり聞いて気分のいい話じゃなかったかの?」
「ソーデスネ、アリガトウゴザイマシタ」
そう言い残し、私はその場から足早に立ち去った。
理由は勿論、私が昨日必死に退治した幽霊の正体がそんな背景のもと生まれていたかと思うとどうにも腹の虫が収まらない。気づくと私は、いつもの様に屋上階段で腰をおろしていた、顔を前に向けると目の前にはきれいなステンドグラスがわたしの心を癒してくれていた。
「まぁ、そない気にせえへんほうがええで」
カバンの中からズルズルと出てくるユダに少しだけ視線を向けた後私はすぐにステンドグラスに視線を戻した。
「あー、男って本当に馬鹿、要するにただ女の子のパンツが見たかっただけの変態幽霊じゃん」
「せやな、何ならあのメガネ君の死装束として零のパンツを頭からかぶせてやったらよかったな」
「ナンヤソレ、ゼンゼンオモンナイデー」
「なんや急に」
「ユダちゃんの真似」
そう言うとユダは咲ほどまでチロチロと楽しそうに出していた舌を収め口をきゅっと閉めた。
「本当最悪、現実から引き離された理由がこんな変態幽霊のせいなんて、もっとかっこいい幽霊に出会っちゃって恋をしちゃう、なんて夢の様な展開の方が良かった」
「何を夢みたいな話しとるんや、らしくないで」
ユダにそう言われ、自分でもらしくないことを自覚した私はとある疑問をユダに投げかけた。
「・・・・・・そういえば私があの学ラン姿の幽霊の玉を潰した時消えていったけど、あれってあの後どうなるの?」
「知らん?」
「え、ユダちゃんそういう類の存在だから詳しいんじゃないの?」
「知らんけど、零が言うた様に極楽、地獄とやらがあるんとちゃう、うちは知らんわ」
「ふーん、じゃあ、あの玉を壊せば何とかなったっていうのはどういうことなの?」
「あれは人間でいう魂みたいなもんやな」
「でも、それなら最初に蹴ったりせずにさっさとあの玉とやらをつぶしちゃえばよかったじゃん」
「そんなもん、あの玉を吐き出させへんかったらどうにもならへんわ」
「ふーん、なんかのゲームみたいだね」
結局のところあの学ラン姿の幽霊は何が目的で人を階段から落としていたのかも分からずじまいだし、私に永遠に、一緒になろうと言ってきた理由も不明確のままだ。
しかし、ユダに話を聞いていけばいくほど、どんどん現実から遠ざかっていくような気分になった私は、これ以上関わりを持たないようにするため不用意な質問は控えることにした。
「まぁ、現実そんなものって言うけど非現実的なものが現実を語ってもねぇ」
「うちがいるこの世界が現実なんや、今まで零が過ごしてきた世界はとっくの前から非現実世界やったってことやでぇ」
「今のこの世界が現実か・・・・・・ねぇ、ユダちゃん」
「なんや?」
私はめまぐるしくも変わってしまった世界に恐怖心を抱いたのか、自らの膝を抱き抱え普通の人間にはぶつけることの出来ない気持ちをユダにぶつけることにした。
「私これからどうなるの?」
「心配せんでもええ、基本的にはうちが零にくっついてへんかったらいつも通りの日常を送れるんや、何も見えへんし変なことに巻き込まれることもないやろ」
「ほんとに?」
「・・・・・・ほんまや」
高校生になってからというものの、友達も作らずただ階段を登ったり降りたりして時間を潰し、屋上階段で本を読んだり物思いに耽る毎日。
私はそんな日常の中でも確かに幸せを感じていた、暇になった時には都合よく人間ラジオが私のために様々な情報を与えてくれるし、学校という多くの人が偽りの自分を演じながら過ごす場所で私は自由な格好で自由な姿でいられる。
人間関係のことから人の悪口、噂を聞いてくだらないと思いつつも耳をすましてしまう、そんな日常の中に喋るヘビと生活を共にするという新たな日常が私の中に組み込まれた。そしてもう一つ私の日常に溶け込んでしまっている者が一人。
「零さーん」
下の方から金属が擦れる音と、甲高い声が鳴り響いている事に不快感を覚えた私は、静かに目を閉じた。
この音は私の日常として一番組み込まれて欲しくはないものだ、どうして私はこんな厄介なものを守るために必死になっていたのだろうか、放っておけば私はいつものような静かな学園生活を送れていたというのに。
そう思いながら重い腰を上げて鉄柵扉に目を向けると、そこにはマリアがいた。
「こんにちは、零さん」
「マリア、私とした約束は覚えてる?」
「急に何ですか?」
「そう、幽霊がいないとわかったらもうここには来ないっていう話」
そう言うとマリアは指をぱちんとならし私を指さしてきた。
「勿論覚えていますよ、だから私またここに来たんです」
幽霊がいなかったらもうこの場所には来ないでくれる。
その言葉がどれほど愚かな交換条件だったのかはあの時の私は知らなかった、しかし、あの時の私は数日後再び私の目の前にマリアがいるとは到底思わなかっただろ。
人生というものはちょっとした一言でこうも大きく変わってくるのかと安易な発言をしたことを深く反省しつつ、全ての元凶であるマリアに向かって思い切り舌をだした。
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