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ようやく私にも平穏が訪れる、そう数分前まで思っていたが馬鹿らしくなるほど、目の前の彼女はにこやかな笑顔を見せていた。
厄介事が終わったと思えばこの有り様、目の前にいるマリアはニコニコ笑顔を私に向けてきている。
そんな彼女の眩しい笑顔に顔をそむけると、マリアは私にパタパタと近づいてきた。
だけど、よくよく考えれば悩みというものは解決すればまた新しい悩みが現れるって言うから、その点で言えば仕方ないの事かもしれない、いや、そうとでも思わないと、私は私でいられなくなりそうだ。
その上、マリアがその悩みの種だという事が非常に厄介で腹が立つ。
「会って早々あっかんべーとは、零さんも初めて会った時に比べて可愛らしくなりましたね」
「可愛い?」
「はい、可愛いです」
「そんなことないよ、マリアのほうが可愛いよ」
「な、何ですか急に、照れるじゃないですか」
くねくねと身体を悶えさせるマリアの制服のシャツのボタンが外れていて胸元がガバガバになっていることを気づかせるべきなのか、放っておくべきなのかを悩んだ挙句、放っておくことにした。
そしてマリアは突然私の手をとり、笑顔をまま無理やり屋上階段から私の身体を引き剥がしてきた。また厄介事を持ってきたとかは勘弁して欲しいんだけど。
「ちょっと、なにすんの?」
「いいから付いて来て下さい」
そうしてマリアに連れられた私は、今1年2組の教室の前に来ている、そして隣にはマリアがニコニコと私の腕に抱きついている。
「あのさ、私に抱きつくのやめてくれない」
「いやー、こうしておかないと零さん逃げちゃうじゃないですか、それに私の保身のためでもあるんです」
「保身?」
「はい」
保身という意味が分からないけど、とにかく人目に付きそうなので今すぐやめてもらいたい。
「で、どうしてこんな所に連れてきたの?」
「実は零さんに紹介したい人がいまして」
「なんで?」
「なんでって、まぁまぁ」
まるで、おせっかいやきのおばさんが隣にいるようで、気分が悪くなってきた。
「帰る」
「ちょ、ちょっと待って下さいよー」
「私は人付き合いが苦手だから遠慮しておく」
「そんなこと言わずにちょっとだけですから、ほんのちょっとだけですー」
私はマリアの制止を頑なに拒み続けていると、1年2組の扉が開かれた。教室の中からは髪の毛を2つに結い、凛とした表情の女子生徒が私達の様子を無表情で見つめていた。
その女子生徒は全体的に何もかもが小さい、まるでお人形のような子だった。
「あぁ、すみません夕ちゃん、待たせてしまいまして」
私はマリアに抱き着かれている姿を見られていると思うと、急に恥ずかしくなってマリアを引き剥がした。だがマリアは私を離すものかとぎゅっと抱き着いてきた。
「ちょっと」
「ふっふっふ、さぁ零さん教室に入りましょう・・・・・・って今度は動かないじゃないですか」
私は直立不動、そして私の腕を引っ張るマリア、ほんと一人でよくそんなに騒げるものだ。
そんな事を思いつつマリアの姿を眺めていると「ゆーちゃん」と呼ばれた女子生徒は私の顔をじっと見ていたようで、私と目が合うと慌てて目を逸らしてきた。
そうそう、そうだよね、普通初対面ってこういう感じだよね。そんな、初々しい反応を見せてくれる「ゆーちゃん」
そして、私はいつまでもこんな所でマリアと馬鹿やっているのもあれなので素直に1年2組の教室に入ることにした。
中には先程のゆーちゃん以外誰一人残っておらずなんとも寂しいクラスだと感じた。私のクラスなんてばかみたいに机を椅子にしてくっちゃべってる連中がゴロゴロいるっていうのに。
「やっと入ってくれました、えへへ、零さんったら夕ちゃんが来た途端おとなしくなるんですから」
「そうだね、マリアより断然仲良くなれそうな子だったから」
「えっ」
機能停止したロボットのように動かなくなるマリアの頬を突っつき起こすと、心持ち低くなったテンションで私を「ゆーちゃん」と呼ばれた子の正面に私を座らせた。
「え、正面ってきつくない?」
「嫌なんですか?」
「嫌じゃないけど、気まずいっていうか、なんというか」
私の正面にいる「ゆーちゃん」は身体を跳ね上げ伏し目がちに座っている。
そら見ろ、初対面で対面したらこうなるのが普通なんだ。
「夕ちゃん」
ゆーちゃんはマリアの呼びかけに応じ顔を上げた、どうやらマリアとは仲がいいみたいだ。
「あのね、知ってると思いますけど、この人友沢 零さんです」
私は紹介されるがまま軽く会釈するとまた目をそらされた、そうそう、人間関係なんてこんなもんだよ、これくらいからゆっくりじっくり始めていくのが定石ってものだ。
「すみません零さん、夕ちゃんって少し人見知りで」
「そうだね、わかるわかる」
「あれ、なんだか嬉しそうですね零さん」
「そう?」
うれしいも何もこの反応、マリアと違って私はこういう反応を待ってた。
ほら今も私の方をチラッと見て直ぐに目を逸らして、顔はきりっとしてるのに、まるで赤ちゃんみたいにマリアの袖を掴んじゃって。
「友沢零です、よろしく」
ゆーちゃんの可愛さに惚れた私は、柄にもなく自己紹介をした。
「零さん、それは私が言いましたよ」
「うるさい」
そう言うとマリアは萎縮し、その代わりと言っていいのか、ゆーちゃんがマリアを守るように抱きかかえ、少し怒ったような顔で見つめてきた。
「あ、あー別にいじめてるわけじゃなくて、その」
「そうですよゆーちゃん、零さんはこう見えてすごく優しい人なんですから」
「・・・・・・」
ゆーちゃんは、マリアの言葉に従い身を引いた。
「零さん、この人は千野 夕さんです」
マリアがそう言うと夕ちゃんは小さくお辞儀をした。
でも千野さん可愛いなぁ、なんか家に連れて帰ってご飯とか食べさせてあげたりしたいなぁ。たぶん、ペットってこんな感じで飼おうって思うんだろう。
ちなみに私の場合無理やりペットになってきたやつが二人もいるけど。
「千野さん宜しくね」
「急になんですか零さん、さっきまで私は人付き合いが苦手とか言ってたのに」
「音無さん、私、千野さんと話してるからちょっと待ってね」
「え、零さんなんで急に苗字になるんですか」
そうしていると、千野さんが口を動かした。
「え、何?」
夕ちゃんは何かを話そうとしているのか口をパクパクとさせているが声は聞こえない。
私は必死に彼女の生声を聞き出そうと耳をすませていると、彼女は突然机の中からスケッチブックを取り出し、何かを書き始めた。
そして書き終わったかと思うと私にそのスケッチブックを見せてきた。
『千野 夕です、よろしくお願いします、友沢さんのことは以前からよく知っています、今後共よろしくお願いします』
という文字が書かれており、私はそれを見て「よろしく」の一言くらい簡単に言えないのだろうかとも思ったけど。
まるでスケッチブックを盾にしてこちらを見つめる千野さんの姿があまりにもかわいすぎたため、簡単に心を許すことを決めた。
「あれ、夕ちゃんやっぱり喋るの苦手ですか?」
「なに、どういうこと?」
「夕ちゃん、喋るのが苦手でよく筆談を持ちかけてくるんですよ」
「持ち掛けてくるって、普段からこんな感じなの?」
「そうですね、基本的には私ばっかり喋って申し訳ないとは思ってますけど」
「そっか、千野さんも大変そうだね」
私がそう言うと、彼女は首を横に振って否定した。と、ここで私はふと、マリアに対して一つの疑問が浮かび上がってきた。
彼女は言わずと知れた一年生ながらにしてこの学校の要注意人物として名をはせている。
おまけに単独行動で、どちらかと言うと教師や学生から敬遠されているような人間、その人間にどうしてこんな可愛い友達がいる?
「それよりも、マリアに友達がいたことに驚きだよ」
内心ぼっち仲間だと思っていたマリアに、よもや、こんな可愛らしい友達がいたことに私はびっくりしていた。
「いますよ、といっても最近知り合ったばかりなんですけど」
「へぇ、どっちから・・・・・・って、マリアが話しかけたんだよね」
「いえ、夕ちゃんからですよ」
「えっ、なんていって声かけてきたの?」
「えへへ、私見ての通り怪我ばっかりしてますから、その姿に興味を持ってもらえたみたいで初めて声をかけられた時、すごい目をキラキラさせて、友だちになってくださいって言われました、勿論筆談で」
いや、それだと声をかけたことにならないから。
「そうなんだ」
「それで、私はいいですよって言って右手で握手しようとしたら骨のヒビが更に深くなっちゃって」
「バカ」
そういうと千野さんはまたもマリアをかばうように抱きついた。その目は少しうるんでいるようだった。
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