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高校入学、それはたくさんの青少年が集まり、共に学習したり青春を謳歌するのにはもってこいの場所であることは間違いない。
約三年間という短い間に、部活や勉学に励み、それと共に恋愛や友情なども育むものだ・・・・・・
なんて、いかにも高校生活の楽しみ方を知っているような私は、入学してから、放課後に部活やアルバイト、はたまた彼氏彼女を作ったりして青春を謳歌することせず、ただ何の意味もなく階段に立っていた。
もしも誰かに「どうしてこんなところにいるんですか?」と尋ねられる様な事があれば、それは、ここが私の居場所だからとしか言いようがない。
とにかく、ここにいれば私は私でいられる、それほど階段という存在は私にとって無くてはならないものだ。
階段が私の居場所だなんて、人が聞いたら笑い者にするかもしれない。
だけどそんな事を言ってしまう程に学校というものは私にとって非常に生きづらい場所である。そして、私にとってこの階段というものが日々の生活に欠かせない存在になっている。
なぜなら、友達のいない私が地獄のような空き時間や昼休みという時間をどう過ごすかというと、ひたすら学校中の階段を登り降りしているからだ。
そして、階段といっても私の目の前にある階段は一味違う。
「立入禁止」と書かれた鉄柵扉に阻まれ、それを乗り越えなければ登ることすら許されぬ階段、なんとも冒険心と特別感にあふれた階段だ。
そんな階段の鉄柵扉を乗り越えると、立ちはだかるは均整のとれた芸術作品、この素晴らしき建造物を登ることはそれは本当に幸せなものだ。
一段登るとそれはもう、あぁ、なんとも言えない心地よさ太ももに伝わる負荷、そして階段と上履きの底がぶつかる快音。
たまらない、最高に気持ちが良い・・・・・・
そうして登り切った場所には、屋上への扉とちょっとした踊り場のようなスペース、勿論屋上の扉の鍵が開いているわけもなく、私は扉手前、階段に腰掛けいつも昼食をとっている。
そしてここに座ると、正面にはそれは見事なステンドグラスが窓の代わりに備え付けられており、階段の次に私の廃れた心を癒してくれる。まるで、ここで休憩しなさいとでも言わんばかりの空間に私は満足していた。
階段の作りは勿論のこと、基本的に静な空間にこの現実離れした空間、あまりに心地がいい。しかし、そんな空間にも時折生徒の喋り声は聞こえてくる。
他愛もない話から、実に興味深いものまで、時には告白シーンなんてのにも遭遇した。
ある意味盗聴していることになるかもしれないけど、それは喋っている本人たちが不用意に大切な事を公共の場で喋ったりするのがいけない。
そして、彼らのお陰で悪口や大切な情報はめったに外で話すものではないと私は陰ながら勉強している。
個人的には、まるで情報屋にでもなった気分でいたけど、どうにも、最近変な噂をよく耳にするようになった。
それは、学校に幽霊が出るという噂だ。
その幽霊は、この学校で自殺した生徒の幽霊らしく、何人もの生徒が目撃しているらしい。しかし、生徒が目撃するということは夜間の学校ではないということだろうか?
いや、よくよく考えれば日中あるいは放課後に霊というものは現れるものなのだろうと考えていると、下にある鉄柵扉がガチャガチャと音をたてた。
入学してすぐにここを見つけてからというものの人など誰一人よりつかなかったこの場所に、ついに同族の人間が来たというのだろうか?
私はすぐさま近くにある掃除用具箱に身を隠しその場をやり過ごすことにした。掃除箱の中から外を見ると、くせっ毛で長髪の女子生徒が私の座った所をくまなく見て回っている。
「あれー、確かここにいるはずなんですけど」
くせっ毛の女性は突然そんな事を言い出した。「ここにいるはず」その言葉に、もしやこの場所はすでに多くの人間によって知られているのかと心配になった。
「おかしいですねー、ん、でもなんか匂いがします」
彼女はくるくると回りながら匂いの出処を探そうとしている、しかし、かぎわけられないと分かると、彼女は残念そうにうなだれて、すぐにその場を離れて行ってしまった。
当たり前だイヌじゃあるまいし、ヒトに嗅ぎ分けられるものなら警察犬とやらは必要なくなるだろう。
私は頃合いを見計らって掃除箱から出ると、階段を降りて鉄柵扉の方を確認した。すると、そこには誰もいなかった。まさか、彼女が噂の幽霊だったりしないだろうか・・・・・・?
なんて事を考えながらとりあえず一安心した私は再び元の場所に戻り昼食の続きをする事にした。
だが、突如として鳴り響く甲高い女の声に私は魂が抜けるんじゃないかと思うくらい身体が跳ね上がった。
「い、いましたー、ほんとにいましたーっ」
振り向くとさっきまでいなくなったはずのくせっ毛の彼女がいて、私を指さしそう言った。
「ももも、もしかしてゆうれいさんですか?」
「・・・・・・」
せっかくの場所を見つけられた私は、どうにかしてこの場所を奪われないように彼女をおもいっきり見下し、睨みつけた。
「さすがゆうれいさん、威圧感が半端ないですね」
全く動じていないどころか目を輝かせて私に少しづつ近づいてきている、なんなんだこいつは?
「う、動くな」
私がそう言うと彼女は動くのを止めた、そして、大きな目で私をじっと見つめてきた。
「え、あれ、身体が動かない、どうして?」
くせっ毛の彼女はおかしなことを言いだした。
「ど、どうしてですか、体が動きません」
それはきっと私の言ったことを素直に聞いてくれたからだと思うけど、あと、さっきから幽霊さん幽霊さんと彼女は何を言ってるんだろうか?
「あぁ、えーっと、誰?」
とりあえず見つかったからにはどうしようもないので、彼女が言うように、幽霊にでもなったつもりで彼女と話してみることにした。
「わたし音無マリアです、あなたは『ゆうれい』さんですよね、本当にゆうれいさんを見てしまいましたっ」
こんなにもハイテンションな人間と出会ったことのない私にとって、この状況をどうすれば良いのかわからない。そう思った私はなぜか彼女につられてハイテンションになってしまった。
「え、えっと、今すぐここから立ち去れーっ」
「あぁ・・・・・・えっと、ゆうれいさん実はあなたに相談があるんです」
人が同じテンションになってやったというのに、話を聞かずに相談を持ち掛けて来た。そして、それと同時に気まぐれでやった行動のせいで、顔が火照るくらいにあつくなってきた。
「いや、私はその幽霊さんとやらではなくて普通の・・・・・・」
そう言いかけた時、音無さんという女性は私に手を伸ばしてきた。鉄柵扉から伸びたその手はまるで囚人が助けを求めているようで、とても滑稽だった。
だが、彼女の顔は笑顔であり、それはまるでキラキラと輝いているように見えた。そんな素敵な笑顔の彼女はニコニコ笑顔のまま口を開いた。
「ゆうれいさん、私と友達になって下さいっ」
「は?」
予想外の言葉に私は開いた口が塞がらなくなった。そして、必死な顔で私を見つめる彼女、時間が止まったような感覚に襲われた。
しかし、徐々に状況を理解し始めた私は、静かにその願いを無視し、再び元の場所に戻ることにした。
そうだ、こんなめんどくさそうな人間の相手はする必要はない、しかし、彼女はそう思っていないようで、騒がしい音を立ててきた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
彼女はまるで私を逃げさんとばかりに、バタバタと鉄柵扉を乗りこえようとしてきた。だがそんな時、突如として男性の野太い声が聞こえてきた。
「こら音無っ、お前そこで何をやってるっ」
「ひっ」
突如として男性の大声に、私は屋上の方へと逃げた、そして恐るおそる音無さんがいた場所を覗きこむと、そこにはまるでゴリラの様にたくましい体型をした人間が立っていた。
それは、一目でわかる体育教師の真田先生だった。真田先生は鉄柵をよじ登ろうとする音無さんを器用に抱え上げて持ち帰っていった。
「ちょ、ちょっと離してください先生」
「お前があんなところにいるのが悪いんだろう、職員室で説教だ」
「なー、はなしてくださいー」
うるさく抵抗する音無さんと、それを抑えこむ真田先生は、それはもうほほえましいゴリラ親子にしか見えず、私は思わずにやけてしまった。
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