階段の幽霊編

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 これが最期の会話だったなんて展開にならないことを祈ろう。そんな思いの中、私は学校にある全ての階段を見て回ることにした。  もう学内に残る生徒がいない、いつもと違う雰囲気に少し興奮しつつ、誰もいない学内を自由に歩き回るという行為がこんなにも心地の良いものだとは思わなかった私は、自分だけの世界に浸りながら校内を歩き回った。  そんな、幽霊のことなどすっかり忘れてしまい自分の世界に入っていると、いつのまにやら学校にある階段をほとんど登り切っているという、なんともお粗末な事態になっていた。  いくら夢中になっていたとは言え、すれ違う人間も後ろからついてくるようなものや気配も感じなかったし、後残す所は屋上へと続く階段、つまり私がいつも時間をつぶしているところだけだ。  なんだ全然簡単じゃないか、何が幽霊だ、これなら明日からいつも通りの日常が帰ってくるに違いない、そう思いながら最後の場所である屋上階段へと向かった。   しかし、その階段のある場所までの廊下に私は違和感を感じた。そう、それはいつも歩きなれた廊下が異様に暗く感じたのだ。  そんなに長い廊下ではないはずなのに、視線の先にはまるで何十メートルも続くトンネルがあるように感じるほど、廊下に存在する闇は深く感じた。  夕焼け空、差し込む光が徐々に沈む中、一段と黒の色を増していく廊下、こんなことさっさと終わらせよう。  そう思い歩いていると、徐々に馴染みのある風景が見えてきて、私は少しだけ早足になった。  そして目の前にはいつもお世話になっているバニラ色のペンキで塗り尽くされた鉄柵扉。  私は先ほどまで感じていた恐怖は遥か彼方へとおさらばし、いつものように鉄柵扉を登り最後の階段にたどり着いた。  そこで私は鉄柵扉にもたれかかり一呼吸をおいた、なんてことはない、幽霊なんかいなかったんだ。  結局の所それだけの話、音無さんや多くの生徒は幽霊に出会い、そして階段から突き落とされるなんて馬鹿な話を広めているが、そんなのは結局のところ伝わっていくうちにどんどん脚色されていっただけの話。  音無さんも階段から落ちたのはきっとドジっ子すぎるのがいけなかったんだ。それに、それまでの被害にあったといわれる人たちも、全ては不注意による事象の繋がり、周りの人間が都合よくつなげた幻想にすぎないのだ。  そう思うと、今まで音無が言うことや更科先生の言ったことに踊らされているとを思い出しなんだか自分自身に嫌気がさした。  まぁ、多くの心霊体験や都市伝説の真実というものは大概はこういうものだ、階段にいた所で何も起こらないし何もいない。  あると思うからそういう風に見えたりしてしまうだけだ、その証拠に今こうしてこの場所には私と階段しかなく、いつものように階段を上ったところで何かが出てくるわけでもない。  そうだ、いつだっておかしな事象は人間が現場に赴き嘘偽りなく証明する。実際に現場に行ってもないやつがどうこう言ってることは信用できない場合が多いし、現代のネット社会において、この現場検証って奴がいかに重要かというのを私の先祖が、今こうして教えてくれているのかもしれない。  そう思うと、自然と心が軽くなり、さっさと保健室に戻ってあの二人にどや顔で「幽霊なんていなかった」と言ってやろう。  そんな妄想をしているのもつかの間、突如として全身に鳥肌が駆け巡った。信じられないほどの悪寒に、思わず足を止めた。  さっきまでの余裕が一瞬で失われるほどの異様な状態に、高鳴る心臓がバクバクとはねており、私はそれを落ち着けるようにむなもとを 抑えることしかできなかった。  何とか冷静に、そう、これはただの悪寒、幽霊とかそういう超常現象のせいではない、そう心に言い聞かせながらまだ動くことのできない足は、わずかに痙攣しているようで、私はただその場に立ち尽くしていた。  果たして私はこんなにも怖がりだっただろうか?  そう思えるほど、自らの体の不自由さに嘆きつつ、何とか体を動かそうとしていると、突然、右耳に生暖かい何かが襲い掛かってきた。 「きゃーっ」  あまりにピンポイントで君の悪い現象に、私は反射的に異常現象の方から身体を遠ざけた。  その際、大げさに逃げてしまったせいで壁に思い切り激突してしまい、そして右足首に激痛がはしった。  この状況の中、冷静でいられるはずがなく、さっきまでの呑気な妄想はどこ絵やら、この意味の分からない状況が幽霊のせいだという判断に至っていた。  心臓がバクバクと鼓動し、右足から伝わる激痛、そしていまだ残る右耳の奇妙な感覚。まぎれもなく感じたその右耳の違和感に、私は異質な現象が起こった方向へと目を向けた。  すると、そこには学ラン姿で丸メガネの男子生徒が立っており、私はそいつと目を合わせたまま身体を動かすことが出来なかった。 「フゥフゥフゥ」  挙句の果てにはそんな息遣いまでが聞こえてきた。まさか、こいつが階段に現れる幽霊なのだろうか?  そう思いながら前進をくまなく見ていると、彼の前身はどこかぼんやりとしており、確かに幽霊のような気がしなくもなかった。 「よ、ようやく会えた」  何か私に向かってしゃべってきているようだったが、私はただひたすら高鳴る心臓を落ち着けようと必死で、何を問いかけてきているのか理解できなかった。 「な、なに?」  全身から絞りだすようにに震えた声を出す私、それに反応して学ラン姿の幽霊はにこりと笑顔を私に向けてきて、かなり気色悪かった。  と、ここで私はある異変に気づいた・・・・・・そう、私は幽霊と思われる何かと会話をしているという事だ。  ここにきてようやく、落ち着きを取り戻してきたというか、現状に対する向き合い方を覚えたというか、とにかく少しだけ冷静になっていた。 「君も、階段が好きなんだねぇ」  語尾をねっとりと伸ばした喋りが妙に私の中にある恐怖心を煽る、やばい、これは本当に今後の選択次第では、私はこいつに何かされるかもしれない、そんな思いばかりが頭のなかに広がる。 「そ、それが?」 「ぼ、僕も一緒だよ、僕も階段が大好きなんだ、似たもの同士なんだね」  妙な笑いをしながら私に顔を近づけてくる学ラン姿の幽霊、私は何もすることが出来ず、ただひたすら震える足を抑えながら必死に立ちあがった。 「あはは、震えてるね、でも君は僕と一緒だから他の奴らとは違って階段から落としたりはしないよ」 「え?」  まるでこいつが一連の階段事件の犯人のような口ぶりで更に私に近づいてきた。 「僕もね、階段が大好きで大好きで・・・・・・でも、あいつらが来てからすべてが変わった、あいつらさえいなければ僕はあんな思いをしなくてすんだんだ、好きなだけ僕を殴ったり金を巻き上げたりしやがって、くそっくそっくそっ」  見た目は透けて幽霊のはずなのに、目の前の彼からは怒りのこもった言葉と吐息を感じることが出来る。  それさえなければ夢として今のこの状況を楽しめることが出来たのに、これじゃ音無さんや更科先生の言っていることが全て真実になってしまうじゃないか。 「ちょ、ちょっと」 「ん、あぁ、君は今の状況が信じられないって顔をしているね」  こういう場合見透かされるのは最悪だ、主導権が完全にあっち側に行ってしまっている。 「・・・・・・」 「まぁまぁ、そう驚かないでさ仲良くしようじゃないか」  仲良く?誰が好き好んで幽霊なんかと仲良くするもんか、ただでさえ卑怯な存在なのに、そんな奴と仲よくなったらだまくらかされるのが目に見えてる。  それに、そもそもの話になるが、ここにいる彼は本当に幽霊なのだろうか? 「な、なんで?」 「ん、何でって、僕はずっと君に目をつけていたんだよ、ここに入学してきてからずっと君のあとをつけていたんだよ、同じ階段好きとして」 「・・・・・・き、気持ち悪い」  そんな言葉が私の口からこぼれ落ちた、すると学ラン姿の幽霊はきょとんとした顔で私を見つめた。  しまった、こういうのって怒らすとまずいんだろうか、でも、普通に考えて私の事ストーカーしてたなんて考えるだけで寒気がする。 「あへ、あへへへ、いいよその態度、僕の思い描いた理想的な女性そのものだ」  私の軽蔑した言葉を、まるでご褒美かのように受け取った学ラン姿の幽霊は高笑いをした。  そんなますます気味の悪い姿に苛立ちを感じていると、いつの間にか足の震えや呼吸が落ち着いていた。 「ねぇ」 「んー?」 「あなたはどうして階段から人を突き落とすような事をするの?」 「あへ?」  こんな機会そうそうないと思った私は、自然と目の前の彼に話しかけていた。 「んあー、そうかそうか、君が最近仲良くしている鈍感女、アイツの事を話しているのか?」 「・・・・・・いや、別に」 「あへへ、あいつはストレス解消にはもってこいのおもちゃだ、あいつは全く僕の姿が見えていないみたいだからね」 「見えていない、幽霊ってそういうものじゃないの?」 「あへへへへ、違うよ、人に触れれば僕たちの姿は君たちに見える、現にこうして君に触れているから君には見えているんだよ・・・・・・それにしても可愛いねぇ、永遠の契を交わしたいよ」 「ちょっと、やめてっ」  いつの間にか私の髪の毛触っていた学ラン姿の幽霊。  そんな不快な相手に私は、すぐにその手を振り払おうとしたが、私の手は学ラン姿の幽霊をすり抜けた。  勿論、この行為によって幽霊というものが世界で確立されるのかと言ったらそれは違うかもしれないけど、私の中ではここにいる学ラン服の野郎が幽霊である可能性がかなり高まった。  しかし、その代償は大きく、振り払った勢いが空振りした私は階段を踏み外してしまった。 「あっへへへ、残念だな僕は何もしてないのに自分から落ちていくなんて、ま、生きてたらまた話そうね」  私は自分の体がゆっくりと倒れていく中、視線の先に学ラン姿でメガネを掛けた男が笑いながら私の姿を見下ろしていおり、私はその姿を目に焼き付けた後、階段を転げ落ちた。
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