階段の幽霊編

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 目を開けると、白い天井のはずなのに視界は若干赤みがかり、その2つの色が交じり合ったピンク色の景色が広がっていた。  とてつもなく気持ち悪い、なんなら吐き気もあるような気がする、そんな思いの中周りを見渡すと、窓から差し込む太陽の光や白いカーテン、パイプ椅子などが揃っていた。  なるほどここは病院か、どうやら私は階段から落ちた後病院に運ばれて夜を明かしてしまったみたいだ・・・・・・なんて意外と冷静でうまく機能している脳みそに感謝した。 「ありがとう脳みそさん」  そう思い私は再び目を閉じた、すると何やら騒がしい声が近づいてきたので嫌々ながら私は再び目を開けると、先ほどまでのピンク色の視界は晴れて、目の前には心配そうに私のことを見つめる音無さんとニコニコとした顔の更科先生があった。 「音無さん?」 「あっ零さんっ、心配したんですからねっ」  音無さんは涙目で私の元に駆け寄り手を握ってきた。 「心配?」 「そうです、零さん学校で倒れてたんですよ、それで病院に運ばれて、それからそれからぁ」 「こらこら、落ち着いてマリーちゃん、零ちゃんは目を覚ましたばかりなんだから」  更科先生が音無さんをなだめてくれたおかげで、頭に響く彼女の声が鳴り止んで、少しだけ楽になった。  そうか、今思えば私はあの場所で学ラン姿の幽霊に出会って、それでそいつの腕を振り払おうとしたら透けて階段から落ちたんだった。  果たしてそれも本当にあった事なのかどうなのかすらわからない、これまでに被害にあった人たちもこういう気分だったのだろうか?  そんなことを思いながら身体を起こした。階段から落ちたというのに意外にも楽に身体を起こすことが出来た私は、不思議に思い布団をめくり体中を見渡した。  すると、その様子を見ていた音無さんはあたふたと慌てながら私の身体を支えようとしてくれた。 「大丈夫ですか零さん、どうかしたんですか?」 「いや、私って階段から落ちたはずなんだけど結構大丈夫なんだなって」 「そうね、気は失ってたみたいだけど、零ちゃんは随分と受け身が上手なようね」  そう言って更科先生は私の身体を触った、元はといえばあなたが変なことをそそのかすからこういうことになったんだけど、と言いたかったけど、今はそんな事を言うよりも先に言わなければならないことがある。 「先生」 「なぁに?」 「私、幽霊を見たかもしれない」 「えーっ、何処でですか、教えてくださいっ」  興奮気味に私に顔を近づける音無さんを、更科先生はまるで猫を持ち上げるように首根っこを掴んで私から引き剥がした。 「こら、マリーちゃん病院では静かにしてないと」 「えー、世紀の大発見ですよ」 「ダメなものはダメ、それからその話はまた今度ね零ちゃん」 「でも、私・・・・・・」 「すぐに先生の診察があるから、少しだけ待ってて」  そう言って、更科先生は音無さんを連れて病室を後にした。その後数分もしないうちにメガネをかけた中年の女医と看護婦が私の元にやってきた。  いくつかの質問と診察を受けた後、私はすぐに退院してもいいと言われた。  何でも医者が言うには、ここに運ばれた時にMRIやレントゲンといった検査を色々したが、これといって異常は見つからず。  あるとすれば身体に多少の痣が出来た事ことくらいで、大丈夫とのことらしく、担当してくれた医者も信じられないと言っていた。  まぁ、なんにせよ私はとっとと病院からおさらばできることの喜びと、学校での心霊体験をしてしまった不快さが入り混じり、なんとも言えない、まさに微妙な気分で近くに置いてあった制服に着替えた。  そして、看護婦にお大事にという言葉を受け取り、病院を出ると、音無さんと更科先生が私を待っていた。 「こっちですよー零さん」 「零ちゃん、家まで送っていくから乗って」  そう言われ、私は車の後部座席に座った、隣にはニコニコ笑顔の音無が随分と私寄りに座ってきたことに疑問を感じたけど、変に話題を広げたくないので放って置くことにした。  そして、私は自宅の近くにあるスーパーを先生に伝え、そこでおろしてくれるよう伝え、家に到着するまでの間しばし車中から見える景色を眺めていることにした。  しかし、そんなのんびりする時間を与えてくれないのがここ最近の日常であって、隣に座る音無さんが私のことをじっと見つめてきていた。 「と、ところで零さん」 「ん?」  きたきた、どうせ「さっき聞きそびれたんですけど幽霊を見たっていうのは本当ですか」でしょ? 「身体は本当に大丈夫なんですか?」 「え?」  これは予想外、音無さんらしからぬ言動、いや、まだそれほど知り合っていないはずだから彼女らしからぬというのは少しばかりおかしな考えかも知れないけど、とにかく意外な質問だ。  そして、そんな私の様子を察してかバックミラーから見えた更科先生の顔は笑っていた。 「どうかしましたか、零さん」 「い、いや、何でもないし体は大丈夫だから」 「そうですか、それならいいんですが、まさか零さんも階段から落ちるなんて思っていなかったです」 「そりゃ私も思ってなかったし」 「もしかしたら私が零さんに幽霊さんの話ばかり話していたので、もしかしたらそのせいでと思って」  人に心配されることで悪い気はしないけど、個人的には気を使われたり心配されるのはこっちまで気を使うハメになるからあんまり好きじゃない。  それに音無さんのほうが私よりもよっぽど重症なのにどうしてそんな事を言えるのかの方が気になる。 「音無さん、今日は随分とおとなしいね、普段からそうしていればいいのに」 「な、何ですかいきなり?」 「私の心配するなんて、私の知っている音無さんならそこは真っ先に幽霊の話をするんじゃないの?」 「それは・・・・・・」 「それは何?」 「いえ、零さんのほうが心配ですし」  あぁ、なんか体中に発疹が出たように身体がムズムズしてきた、何だこの感覚は。  それから、そのしおらしい態度と口調を今すぐやめてくれ音無さん、それとも階段からおちた後遺症でこうなっているのか? 「更科先生、私は夢を見てるんですかね」 「どういうことぉ?」  更科先生は相変わらずニヤニヤしていた。 「いや、音無さんがこんな人間なはずがないんですけど」 「うふふ、いいじゃない、マリーちゃんに心配されるなんて幸せものよぉ」 「でも、自分より重症な人間に心配されるなんておかしな話じゃないですか?」 「それもそうね、でもマリーちゃん自分の事は二の次三の次の人だからしょうがないわねぇ」  そんな事を言いながら笑う更科先生と、突然私との距離を詰めてくる音無さんは少々鬱陶しかった。 「そうですよ、零さんは少し往生際が悪いです、素直に心配されていて下さい」 「それもそうね、零ちゃんには少し素直さがかけているのかもねぇ」 「先生までなんなんですか一体」  どっちにもつかない先生の態度に、大人の余裕というやつを感じながらも、もう少し私の味方をしてくれたら音無さんを追い詰めて面白くなったかもしれないのに、という残念な気持ちでいっぱいになった。 「ねー、サラちゃんもこう言ってますし、零さんは素直に心配されていて下さい」 「はぁ、めんどくさいなぁ」 「なー、サラちゃん零さんが反抗期です」 「反抗じゃない拒否しているだけだから」 「うぅー」  うなる音無さんは窓によりかかり、悲しそうに外を眺めて泣いたふりをしているようだった。これで少しは静かになるだろかと、ひとつため息を漏らしていると、今度はさらしな先生が話しかけてきた。 「それはそうと零ちゃん、あなた一人暮らしをしているわよね?」  唐突に更科先生がこんな質問をしてきた。あまり答えたくはないが、面倒見てもらってる身分答えないわけにもいかない。 「はい」 「実は、ご両親に連絡したんだけど、こっちに来れそうにないって言ってたから」 「はいそうです、親は遠くで暮らしているので来れなかったのは仕方がないです」 「そう、じゃあ学業と家事で大忙しね」 「そうですね、ついついコンビニとかでご飯を済ませてしまったりして、家ではあんまり料理とかできていないです」 「零さんダメですよそれはっ」  と、ここで元気を取り戻した音無さんが私と先生との静かな会話に入り込んできた。 「音無さん、本当うるさい頭に響くんだけど」 「いいえうるさくありません、ご飯はしっかり食べないといけませんよ零さん」 「いいの、最近のコンビニは意外と栄養の事も考えた商品がたくさんあるから大丈夫」  そう言うと音無は頬をふくらませた。かと思えば何か思いついたかのように顔をハッとさせた。 「そうだ、零さん一人暮らしならこれから私が料理を作りにいきますよ」 「マリーちゃん、自分の右腕をよく見てご覧なさい」 「え、あっ・・・・・・」  更科先生が諭すように音無の暴走を止めた。  それにしても音無さんは心と身体が一致していない、やる気はあるかも知れないけど身体がそれについていっていない感じがする。  今は私に関心があるおかげか、幽霊のことにそれほど熱心になっていない所があるけど、その内また学校で幽霊探しをしてたくさん怪我をしてしまいそうだ。  そんな、奇妙な三人のドライブもいつの間にか終点である自宅付近にあるスーパーで停車した。 「零ちゃん、今日はゆっくりと身体と心を休めて安静にしてること、募る話はまた月曜日にでも聞かせて」 「はい、お世話になりました」  私は更科先生に礼を言い、車中から手を降ってくる音無に軽く手を振った後、軽く買い物をしてから家路についた。  家につくと目の前には決して綺麗ではないアパート、まっ茶色に錆びた階段が目印のアパート、私はここに住んでいる。理由は家賃が安く、階段が気にいったから。  薄い鉄板で出来た階段ほど気持ちのよいものはない、特に音がたまらないのだ・・・・・・  私は玄関を開けると誰もいない部屋にベッドとテーブルだけが置いてあるだけのなんとも寂しい空間。  何の気なしに私はいつもの様にただいまと言い、部屋に入る。なんてことはない、こっちに来てもうすぐ一ヶ月がたとうとしているんだ。  昨日の夕方から、何も食べていないせいか空腹であるということを目を覚ました時から感じていたけど、どうにも食事をする気になれず、それよりも私は学ラン姿の幽霊について考えていた。  どうしてあいつは私を待ち望んだように話しかけてきたのだろう、確かに私はあいつと同じように階段に異様な執着心を持っている、それならもっと早くに私の前に現れていてもおかしくないはず。  それなのに、どうしてあの時だけ私はあの幽霊に出会ってしまったのだろう?  そんな事を考えていると突然部屋の中にインターフォンの音が鳴り響いた。普段友達がおらず来客などない私にとって、この呼出しに出ることは一切ない。  大概の場合は新聞の勧誘かよくわからない宗教の話をひたすら聞かされる、個人的にそういう話を聞くのもきらいじゃないけど、めったに来ない。  要するにこの来客は放っておけばその内どこかに行く。  しかし、今回は違った、ひたすらなりつづけるインターフォンに反応しないでいると、今度はドアをトントンと優しく叩き始めた、私は様子がおかしいことに気づき部屋の中から外を見た。  しかし、誰もいない、そして私の脳裏には昨日であった学ラン姿の幽霊が映しだされた。 まさか、あいつが私のところまで追ってきたっていうのだろうか、そう思ったら急に部屋の空気が変わった、さっきまでは普段通りの部屋だったはずなのになぜか肌寒く感じる、私はすぐに玄関から離れ、ベッドの上で毛布にくるまった。  どうしようこのままでは私はホラー映画のように幽霊に呪い殺されてしまうのだろうか、いや、そうならないためにも何か対策を考えなければ。  しかし、対策と言っても私はあいつに触ることが出来なかった、その時点でもう負けが決まったようなものなのだ。  何か呪文やらお経やらを唱えれば幽霊に効くのだろうか、そういったことに詳しい人物が近くにいればいいのだが。  そんなことを考えているといつのまにやら玄関を叩く音はしなくなっていた。  この際、音無さんにでも聞いてみるべきなのだろうか、それとも更科先生にいえばなんとかなるだろうか、とにかく急いでこの状況を打開しないと、見えないものに怯えるのはごめんだ。
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