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「……それで?」
氷点下の声で睨み付ける兄に、天使の名を持つ弟は笑顔を引き攣らせた。
「用があるなら来い、って兄さんが言ったんでしょう?」
「兄じゃない」
「いい加減認めてよ、僕達は『あの男』の息子なんだから……」
「それで、用は何だよ」
むっとした表情でそっぽむく姿は、まるで子供のようだ。そんなサリエルに苦笑しながら、ミカエルは大人の顔で妥協してみせた。
ソファの向かいでサリエルの三つ編みを掴んだまま、じっと兄の顔を見ているタカヤへ穏やかな笑みを向ける。視線に気づいたタカヤが振り返ると、静かに口を開いた。
「兄を頼みますね、この通り子供ですから」
「ミカエル?」
名を呼んで遮るサリエルは、困惑しているようだった。家族として認めないと言いながら、それが甘えに過ぎないのだと、タカヤもサリエルも理解している。だから、今更素直になれないサリエルではなく、恋人であり新たな家族として認めたタカヤへ声を掛けたのだ。
「では、そろそろ失礼します。お店の迷惑でしょうから」
にこにこと笑うミカエルは、知らない者が見ればホストの1人と勘違いされるだろう。愛らしい顔立ちも、穏やかで気品ある物腰も、彼の裏の顔を想像させる要素はなかった。
それでも……彼は裏社会でトップクラスのVIPなのだ。マフィアを纏め上げる総領として、シュリアンス家に君臨する存在――。
ミカエルと護衛がいなくなった店に、何も知らない客が集まり始める。それぞれに指名を受けて、カウンター付近に控えていたホスト達が動き出した。
一番奥の席に陣取り、サリエルは溜め息を吐く。嫌いではないのだが、苦手な弟がいなくなったことで、ようやく肩から力を抜いた。そんなサリエルの仕草に笑って、タカヤが肩に頭を乗せて凭れ掛かる。
「結局ミカエルの奴、用なんてないじゃないか」
「俺を確かめに来たんだろう」
「確かる?」
「本気かどうか。心配だったのだと思う」
そんな可愛い考え持ってるかねぇ……胡散臭そうに呟いたサリエルだが、くすくす笑うタカヤに渋面を解いた。合図をして、ジンに酒とつまみを用意させる。
「飲もうぜ」
用意されたカクテルを手に取り、タカヤが軽くグラスを掲げる。軽く触れる乾で微笑を交わす。
バタバタしていたので時間感覚がおかしくなっているが、考えてみればタカヤと再会して僅か3日だった。
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