【完結】うたかたの夢

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 無言で見つめてくるタカヤの瞳に、嫌悪などの暗い感情がない事にほっとする。  別に愛人であった母親を責める気はないが、やはり世間的に後ろ指さされる経験が多かったので、タカヤの反応が怖かったのだ。 「タカヤ、オレが金持ちだと思ったろ? あのマンション見て」  タカヤが頷いたとき、ウェイトレスがコーヒーとカフェオレを運んできた。彼女が下がるのを待って、サリエルはくしゃりと前髪を握る。 「あれは実家の金」  つまりは、本妻が生んだ跡取りが継いだ家の金という意味だろう。 「言わなくてもいつかバレるから、言っちゃうけど……絶対に引くなよ」  頼むから……と必死に手を握られ、タカヤは視線を合わせて頷いた。何をそんなに恐れるのか知らないが、別にサリエルの生まれや育ちで自分の態度は変わらないと思う。 「オレの父親は……アレックス・G・シュリアンスなんだ」 「シュリアンスって……あの?」  声を潜めたサリエルにつられ、同じように小声で問いかけ直す。それほど有名な名前だった。  おそらく、この国で知らない人間はいないだろう。有名なマフィアのファミリーネームだ。この国のみならず、他国にもその力を知らしめている巨大組織。  嫌そうに頷いたサリエルに、一瞬視線が宙を泳いだのは許して欲しい。それくらいタカヤも動揺していた。 「……怖い?」 「いや」  即答できた自分を褒めてやりたいタカヤだが、サリエルは安堵から笑みを浮かべていた。思わず満開の笑みに見惚れてしまう。  顔が赤くなった自覚があるタカヤは、慌ててカフェオレを口に運んで隠した。 「家業は弟が順当に継いだから、オレは別に関係ないけど。どういうわけか、アイツがオレを買い被っててさ。『兄さんが継ぐのが妥当だ』って滅茶苦茶干渉してくるんで、嫌になって家を出たんだ。マンションはその時、父親から貰ったってワケ」  ずっと『アイツ』と呼んでいた存在が、弟だと知って顔が綻んだ。  知らずに嫉妬していたのかも知れない。そんなタカヤの心境の変化に気づかないサリエルは、柔らかい微笑を見せるタカヤに小首を傾げた。 「こんな話、嫌だろ?」 「サリエルが家族の話をしてくれるのに、どうして嫌だと思うんだ?」  逆に問い返され、苦笑して煙草を咥えた。ライターの火を近づけて……ぱちんとライターの蓋を閉じる。結局火をつけなかった煙草は、そのまま灰皿へ放られた。  タカヤの前で煙草を吸うのは止めようと、何となくそう思ったのだ。今までは口寂しさで吸っていたけれど、タカヤがいれば必要ない。 「会いに行くのか?」 「ああ、嫌だけど。紹介しないわけにいかないからな」  溜め息をついたサリエルに促され、タカヤは再びカフェオレに口をつけた。ふわりと甘く柔らかい牛乳の香りが広がる。  平和な風景の中、サリエルは「嫌だな……」と連呼しながら苦いコーヒーを渋い顔で飲み干した。
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