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マンションに戻ると、カードキーを差し込み……サリエルは顔を顰めた。車の中で「あんな挨拶でいいのか?」とか、「家族なのに」と騒いでいたタカヤが、不思議そうに隣の男を見上げる。
夕日が差し込む廊下で、じっとドアノブを見つめたかと思うと、溜め息を付いてタカヤを振り返った。
「あのさ、絶対に何も言わないで我慢してくれる?」
突然のお願いに、疑問は大量にわいてくるが、とりあえず頷く。素直なタカヤの黒髪をくしゃっと握って、サリエルは苦笑した。
部屋の鍵が開いている。しかしセキュリティが厳重なこのマンションで、空き巣は考えられなかった。となれば、鍵を持っていそうな人間は限られている。
一度深呼吸してからタカヤを背に庇いつつ、そっと部屋に入った。玄関には見慣れない、しかし高価そうな革靴が揃えられている。
几帳面な性格の人だろうか……靴を見つけた時点で、不法侵入者(?)がいることは、タカヤも理解した。ただサリエルが通報しないなら、知り合いなのだろうと判断たのだ。
「……いるんだろ」
リビングの入り口で立ち止まり、声を掛ける。見回した先に姿は見えなかったが、声が返ってきた。
「帰ってきたか」
「勝手に入るなよ……親父」
父親? 慌ててタカヤが顔を覗かせると、洒落たスーツの初老の男性が立っていた。その姿はどこかの社長のようであり、マフィアのボスには見えない。
「いや、お嫁さんを見たくてな」
「嫁……」
一瞬宙を仰いだサリエルだったが、そんな息子の仕草を気にせず、彼はタカヤの前に膝を付いて右手の甲にキスをする。隙を突かれてむっとしたサリエルが、慌てて手を取り戻すとタカヤを後ろに庇う。
「触るなッ!」
「いいじゃないか」
「汚れるだろッ!!」
意味不明の会話の直後、男性は深い溜め息を吐いた。
「いい加減、許してくれても……私だって、誰彼構わず手を出した訳じゃない。愛したのはトリシアとマリーだけだ。幸い2人とも息子を遺してくれた」
神妙に呟く女性の名。どちらかがサリエルの母親で、もう一方は正妻なのだろう。かなり顔立ちは整っている男性だが、サリエルの顔立ちには共通点が少ない。母親似だろうか。
なんだか可哀想になって口出ししようとしたタカヤは、次のサリエルの言葉に無言を貫いた。
「……オレの母親はエリザベスだけど?」
「細かい事を言うな。そういうところはベスにそっくりだ」
細かい事?!
目を瞬くタカヤにウィンクをすると、男性はやれやれと首を横に振ってドアへ向かう。
「ここまで嫌われたら、帰るしかないな……また来るよ」
「二度と来るなッ!!!!」
バタンとしまったリビングのドアに、手当たり次第にクッションや雑誌を投げつけるサリエルに、タカヤは三つ編みの先を握ったまま呆然としていた。
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