【完結】うたかたの夢

5/35
前へ
/35ページ
次へ
「1時間だけれど、いつもと同じ額は用意しているの」  小さなハンドバックを開いてみせる。中にぎっしりと詰め込まれているのは、500万円を越える札束だった。  基本的に、ホストクラブは現金決済である。もちろん常連になれば、月末集金もあるのだが……ホストとしては当日現金回収できる客が『上客』なのだ。もし月末に集金が焦げ付けば、その額をホストが弁済するシステムになっていた。  リズやレミを含め、サリエルの客に『月末集金』は誰一人いない。 「いつも助かる。でも無理しないでいいよ」  この一言で、女達は無理をするのだ。確信犯で口にするサリエルの心配そうに作られた表情に、リズは甘い溜め息を漏らした。  サリエルの№1の地位を守る為に、自分ができる事は売上げに貢献すること。彼女はサリエルに多大な理想を抱いてはいない。彼が自分の物にならないと理解しているけれど、だからこそレミのような『その他大勢』の客に埋もれたくなかった。  お金をたくさん使えば、サリエルは優しくしてくれる。レミを放り出して駆けつけてくれた行為が『金の力』だと知っていて、それを恥じもしなかった。  サリエルは嘘を言わない。お世辞もあまり口にしないのに、女達は勝手に惹きつけられてしまう。  じっと見つめる潤んだ瞳へ、優しい笑顔を作って注いだ。その裏で、ジンに指示を忘れない。彼が客の女……いや男を含めても、誰かに心を許す姿を見た者はいなかった。 「……そろそろ時間だわ」  ちょうど来店から1時間ほどで、名残惜しそうにリズは溜め息をついた。楽しい時間ほど早く過ぎるのを、恨めし気に時計を睨む事で示す。有力政治家の愛人であるリズには、どうしても旦那の都合に合わせて動く義務があった。さすがに放り出すわけにいかない。 「残念だけど、また来てくれるんだろ?」  当然と頷く彼女が支払った額は、レミの188万円を上回る。今日のノルマは終了とばかり、サリエルは笑みを浮かべて立ち上がった。  仕方なく店を後にするリズを見送り、店の外へ出る。毛皮で擦り寄る彼女の頬に接吻け、迎えの車に押し込んだ。強い香水の匂いに顔をしかめることなく笑顔で手を振った。 「またね」  走り出す車を視線で追いかけ、店では口にしない煙草を咥える。斜め後ろに控えて立つジンが差し出すライターの火を、当たり前の仕草で受けた。 「寒くないんですか?」  コート片手に問いかけるジンに、ひらひらと手を振って答えた。 「ん……今は平気」  煙草を右手に持ち替え、紫煙を吐き出す。  ―――――と。  なんとなく巡らせたサリエルの視線が止まる。手から煙草が落ちるに至り、ジンはようやく目の前の男が何かに気を取られている事に気づいた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

524人が本棚に入れています
本棚に追加