夜のケーキ屋、愛想のいい店員

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まずは言い訳をさせてほしい。 私はその日、自暴自棄になっていた。 成人ならばそういうときは浴びるようにヤケ酒を飲んでみるものだろう。けれど飲めない理由がある。そしてその理由により自暴自棄になったというわけだ。 理由というのが『モンペに監視されているから』だ。 「ふうん、なるほど。お客様は中学校の教師をしていて飲酒喫煙不純異性交友もできないというわけですか」 私が『やらかした』相手はビジネス用の高い声で言った。 彼女は行きつけのケーキ屋の店員さん。いつも夜遅くに訪れた私を暖かくお迎えして、とても可愛らしいケーキを丁寧に説明して箱に詰めてくれる。ふわりとした制服とエプロンを身にまとった、めちゃくちゃにかわいらしい女性だ。肌なんかきめ細やかに白くて、まとめられた黒髪はとても美しい。目が大きくてうるうるで、まつげもナチュラルなのに長くて多い。見た目だけじゃなく、普通のケーキ屋とは思えない程の最上級のおもてなしをしてくれる店員さんだ。 繁華街と住宅街の中間にあるこのケーキ屋さんは夜遅くまで空いていて、ケーキは心を癒やすおいしさだ。けど通い詰める理由はこの店員さんににあるのかもしれない。それぐらい魅力的で商売上手な店員さんだ。 そして私はついこの間なんとか一年間中学校教師をやってみた女。担当は社会科の地理。副担として請け負っているクラスがある。 仕事はなんとかこなせてはいるけれど、この一年間モンペに悩まされてきた。 モンスターペアレント、またはペアレンツ。子供が不当な扱いを受ければ学校に苦情を入れる親、と私は定義している。けれどそれがとてもいき過ぎている。 どういうわけか私の住所はモンペ達にバレていて、生徒や親達に私生活を監視されているのだ。 『そんなおおげさな』、と他人は思うかもしれない。 けれどたまたまスーパーでお惣菜とお酒を買ったところを見られて『女のくせに自炊もできないし飲酒してるなんてどうかと思います』と言われ、 たまたま肩出た格好でいたところを見られただけで『先生がそんなふしだらな人だとは思いませんでした』と言われ、 たまたま弟と歩いているところを見られただけで『先生もさっさと結婚して子供を作ればいいんです。そうしたら子供に関わる者として少しは認めてあげます』と言われ、 その一方で『まさか結婚して産休をとったりしませんよね? そんな無責任な事だけはしないでください、うちの子の大事な時期なんですよ』と言われる。 恐ろしいのは何人かに目撃されているということ。クレームを入れる人自体が少なくても今のカメラに溢れた時代、生徒や保護者達にどこかで見られて撮られあっと言う間に拡散されてしまう。 そしてモンペを恐れた私は日々地味に、目立たないように、しかし良い教師としてプライベートをも過ごすしかなかった。お酒なんて飲めるはずがない。 だから私の髪は肩につかないよう切ったし、少し明るい地毛は逆に黒く染めた。化粧もあまり色をのせない。学校では常にスーツで通ったし、私服でさえ肌を出さず真面目そうな格好をした。ちゃんと自炊もしたし、お酒も買わないようにしてる。外でなんて絶対に飲まない。見える限り人間関係も気をつけて、なるべく男の人と話をしないようにもした。 けれどそれだけやってもクレームがなくならないわけじゃなかった。むしろもっと増えたように思う。 そして私のストレスは限界までたまっていて、そのストレスのせいでこの優しい店員さんに迷惑をかけてしまった。 「ごめんなさいっ、ストレスがたまっていたのでつい店員さんに告白してしまいました!」 上半身が床と並行になるくらいに頭を下げる。床はピカピカだった。きっとこの店員さんがこまめに掃除しているのだろう。 可憐な店員さんは陳列棚の向こうで困ったように笑っていた。 私はストレスのせいで、この優しくてかわいい店員さんに『好きです付き合ってください結婚して下さい!』と口走ってしまったのである。
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