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たかが同性の冗談的な告白と思われるかもしれない。現に私は仲のいい友達の可愛い一面を見たりしたら『好き』『付き合いたい』『嫁にしたい』なんて言うことはよくある。けれど店員さんは私の友達じゃない。何度か顔を合わせる、店員さんと客の関係だ。
私だってよく知らない人に『えっ女教師? いいじゃん俺女教師と付き合いたいと思ってたんだよ、保健体育教えてほしいなぁ』とか言われたらたとえ冗談でもムカつく。セクハラだとも思う。職業だけで好意を持たれるのはいやだし、女子にとっては逆らいにくい人からの告白とはそれだけで迷惑行為になる事もある。
だから私は謝った。そんな迷惑な告白してストレスからの気の迷いだと言ってなかったことにしてほしいというのはとても自分勝手なことだと思うけれど、それを含めて謝った。
「お客さま、もしかして酔ってます?」
「酔ってないです。飲酒は禁止なので」
「ああ、監視されてるんでしたね。じゃあシラフでよく知らない人にあんなストレートな告白をしたわけだ」
店員さんの声が低くなる。ああ、ここは酔っているという事にしたほうが許されたかもしれない。お酒もなしにただの顔見知りの同性に告白してしまったんだから、明らかにどうかしてる。でもお酒も飲めないと話したばかりだし、嘘はつけなかった。
「お客さん、普段から女の子が好きでこんな風に声をかけているんですか?」
「違います、男の人のが好きです。でも面食いで、可愛い人は恋愛感情なく好きです」
同性愛者に告白されるというのは同性愛に偏見がなくても怖いものだ。自分と相手の好意が全くの別物だと気づいてしまうのだから。とくに恋愛感情なんて人を傷つけるものなのだから。
私は昔から面食いで、見た目がいい人をすぐ好きになる。でも同性愛者ではないという自覚はある。見た目のいい人は好きだけど、見ているだけで満足できてしまう。この店員さんもそんな一人だった。だから追い詰められた状態になって同性でも告白してしまったんじゃないかと思う。
「モンペに監視される生活で、イライラしてて。このケーキ屋にはストレス発散感覚で通ってたんです」
「はいはい、知ってます。いつも疲れた顔して来て、ケーキを二つ買ってすっきりした顔で帰ってましたよね。それはケーキなら保護者もうるさく言わないから?」
「……ええ。ケーキならせいぜい『太るぞ』『糖尿になるぞ』と言われるくらいだろうから。でも、こんな保護者の目を気にする生活をいつまで続けるのかと思って」
おもてなし最強な店員さんの態度はちょっとずつ雑なものになってきた。怒っているのだと思う。閉店間近とはいえ変な客の対応をしているのだから。でも私の話をもう少し聞いてほしい。ここから大事な言い訳だから。
「私、考えちゃったんです。このままじゃ恋人もできない。弟と話すだけでクレームがくるんだから、結婚適齢期の男子と話しただけで痴女扱いされそうで」
やらかした時の私はとにかく恋人がほしかった。嫌な意味じゃなく、自分を見てくれる人がほしかった。監視生活のせいで人からの視線が嫌なものしかないなんて思いたくはなかったのだ。
でも今の状態で恋人なんてできない。それっぽい異性と共に歩くだけでこうしてクレームを入れられるのだから。きっと同い年の男の人と手を繋いで歩いていようものなら破廉恥教師だの何だのと言われてしまう。
「それで、いっそ女の子と付き合えば見られても友達とされて、クレーム来ないんじゃないかと思ったんです! だから笑顔の素敵な店員さんにあんな事を口走ってしまったんです!」
「逆転の発想〜」
そう、店員さんの言う通り、これはふと思い浮かんだ逆転の発想だ。だからするりと言葉に出してしまった。
異性と歩けばクレームが来る。ならば同性と歩くしかない。異性と付き合えばクレームが来る。ならば同性と付き合えばいい。そうすれば保護者も生徒も私達を仲のいい友達だと思ってくれる。けれど恋人である。
これはクレームの出ようがない名案!……だと思っていた。けど冷静に考えてみれば私は同性愛者ではないし、なにより店員さんの意思を無視しすぎている。
店員さんを選んだのは笑顔が素敵だったからだ。この人なら自分のすべてを受け入れてくれるのではないか、そう思うような笑顔だったからつい告白してしまった。
でも店員さんからしてみれば愛想がいいのは仕事で、私はその仕事ぶりを都合のいいように考える迷惑な客に過ぎない。よくいる、『お店の可愛い店員がとても愛想がいいから自分に惚れてると思う』なんて言っちゃう痛いストーカー客だ。
その愛想は仕事用。お金をもらえるからの笑顔。その仕事用笑顔は皆に振る舞われている。当たり前のことだけど忘れてはいけない。
しかし帰ってきたのは店員さんにしては低い声だった。
「なんだ、それならほんとに付き合っちゃえばいいんじゃん」
「えっ、いや店員のおねーさん、お仕事だからってそんな気を使わなくていいですよ。迷惑な客と切り捨てて下さい」
「おにーさんなんだよ、オレ」
店員さんは陳列棚に肘を置く。袖がめくれて筋張った腕が見える。私に視線を合わせるためにかがんだ襟元からは女子にしては太い首と喉仏が見える。
なによりその視線。さっきまでは小動物みたいなつぶらな目をしていたのに、ぎらぎらとして、まぎれもなく獲物を見つけた男の目をしていた。
【おにーさん】?
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