夜のケーキ屋、愛想のいい店員

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ふにゃと店員さんは力の抜けた笑顔を見せる。プライベートの笑顔はそれはそれで可愛い。 「良かったあ、話聞いててお客さんが同性愛者だったら振られるし、女装のまま付き合うしかないかと思ってたんだよね。面食いの異性愛者なら良かった良かった。今のままでなんの問題もないわけだ」 「今のままで、なんの問題もない……?」 頭がまともに働かない。だからオウム返しに質問する。 「お客様は異性の恋人が欲しいんでしょ。でもクレームあるから異性とは付き合えないんでしょ。ならオレでいいじゃん。オレなら男だし、見た目は女だし、条件達成してない?」 「確かに……」 指差し確認しながら店員さんは説明する。 いけない、つい納得してしまった。私の希望はクリアしているとしても、突っ込みたいことは山ほどある。主に彼女……ではなく、彼の見た目についてだ。 「な、なんで店員さんは女の子の格好を?」 「ここの店長、奥さんいてその人がこうしてレジするはずだったんだよね。でもおめでたでね」 「はぁ、」 「奥さん妊娠中にこんな冷えるわひらひらした格好させられないし立ち仕事も不安だからさ、代わりにオレが着てるの。それでもう一年くらい? 奥さん産休と育休あるからまだレジの仕事もしなきゃかな。あ、オレは普段ここでパティシエとして働いてるよ」 レジなら普通にエプロンしたら良くない? なんで男性パティシエがウェイトレスさんみたいな格好してるの。 そんな当たり前なツッコミをしたい。けどあまりにも店員さんが普通にいうから、それが製菓界では普通で私がおかしいように思ってしまう。 なにより店員さんの女装はすごくよく似合っていて、即席の店員さんとは思えなかった。 「まぁ、女装が好きっていうのもあるんだよね。男らしくないやつが男らしくしたって笑うやつは笑うんだし。だったら女装して笑われるか、いっそ極めて称賛されたいよ」 「称賛、します。すごいきれい。女の子より女の子らしくて、すごく研究されてるのがわかります」 目の前の美人が男の人だと知って、呆然とした私は素直に褒める。笑うなんてできない。 よく『化粧さえすれば美人になれる』と思っている人はいるけれど、そんなことはない。化粧だって研究と練習が必要で、女の人だってそれができている人は少ない。なのにそれを男の人ができている。声の出し方も仕草も完璧に女の人だし、ここに至るまでどれだけ研究したのだろう。 これだけ極めたということは本人も女装を楽しんでいるということだ。 それに男の人はやたらと筋肉だったり硬派だったりと男らしい事にこだわるから、そんな中でどれだけ努力しても男らしくないと馬鹿にされ続ける。ちょっとマシになったとしても、彼らは認めない。それはきっと辛いことだと思う。 だったらこうして男らしさとは真逆な女装を極めてキラキラして、褒められる方がいいに決まってる。それも逆転の発想だ。ある意味豪快な男らしい判断といえるかもしれない。 店員さんは小さく笑ってパフスリーブに隠された意外にしっかりした肩を揺らした。 「ありがとう。だからちょっとは君の気持ちもわかるな。人に何か言われて、それを治そうとしてみて、それでも文句言われて辛いのってあるよね。まぁ、オレは男らしさから逃げちゃったわけだけど」 気持ちを読み取られる。そうか、私と店員さんは同じなんだ。店員さんも男らしさがないから馬鹿にされて、私も教師らしくないからクレームをいれられて。 自分なりになんとかしようと行動を改めてみても、それでも文句言う人が許すことはない。最初から文句を言いたいだけの人はいるのだから。 ただ違うのはその後の対応。私は監視でガチガチに縛られてストレスをためて、店員さんは男らしいを諦めて別の事を極めた。 店員さんは私の話を聞いて、きっと自分の事のように考えてくれたのだろう。
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