夜のケーキ屋、愛想のいい店員

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その店員さんが、にこりと営業スマイルを見せた。 「それで、結局オレと付き合うんだよね?」 「ひえっ」 店員さんの美しさのせいで忘れかけていた恥を思い出す。そうだ、私はこの人に告白してしまったんだ。女の子と付き合えばいいだなんていう私の軽率な考えを聞いて、でもそれで男だとバラして、こちらの謝罪を受け入れてくれて……本当に付き合うということになっている。謝罪と言い訳で終わりじゃなかったのか。なぜこんな念を押すかたちで確認されているのか。 「オレ、こんな見た目だけど女の子が好きだよ。お客様も男の子が好きなんだよね。でも男の子と付き合うのがまずいから女の子の見た目の男の子と付き合いたい。いいねいいね、Win-Winだよね」 「それは、そうですね……」 「こっちはレジのときはずっと女装してて、厨房じゃ裏方に徹してるから女装バレしてないよ。お客様と付き合えるならそれも徹底する。だからどう? 付き合ってみない?」 ケーキの説明のように、店員さんは自分の売り込みをする。 この人と付き合えば私達は恋人には見えないだろう。きっと同性の友達に見える。でもちゃんと男の人だから私の彼氏となってくれる。確かにWin-Win。でもそれは店員さんの気持ちがなければいけない。 「ご、ごめんなさい。やっぱりナシで、ってこちらから言うのは失礼でしょうけど、やっぱりこういう軽率な事はいけないです。店員さんの気持ちも無視して……」 「オレの気持ちはあるって、さっきから言っているんだけど」 きょとんとした可愛い顔のまま、店員さんは言う。だからいくら利害が一致していても気持ちがないと……あれ、なんだかさっきからの店員さんの言葉は、私のことがめちゃくちゃに好きみたいだ。 「気持ち、あるんですか?」 「あるってさっきから言ってんじゃん。『告白されて良かった』とか『異性愛者で良かった』とか『付き合えるなら女装バレしないよう徹底する』とか」 言っていた。確かにさかのぼってみると、店員さんは私と付き合うことには乗り気だった。女装だったという驚きと、こんな見た目のいい人が真面目しか取り柄のない私に対してそんな事言うはずないという思い込みから深く考える事ができなかった。 でもどうして? 私と店員さんは夜ちょっとだけケーキの話をするような間柄だ。一年弱の付き合いと言えるけど、一週間に一度、ちょっとの時間しかない。こんな風に気の迷いの告白を喜んでくれる理由はないはず。 「お客様、いつもケーキ二個買ってたよね」 「あ、はい」 「疲れた顔して、でもオレの作ったケーキ見たらキラキラしてるんだ。そのキラキラのまま帰ってさ。そりゃ気になるよ」 やっぱり私はストレスのせいでひどい顔をしていたのだろう。でも、ここのケーキを見ただけで回復してしまう。私としてはケーキを芸術品だと思ってる。すぐ食べ終わるようなものにこんな手間暇かけて、美しくて、伝統もあって。見るだけで癒やされていた。 そんな私の様子を見て、店員さんもやりがいを感じていたのだろう。パティシエとして裏でこのケーキを作っていたのならなおさらだ。 「きれいなケーキで、いつも癒やされつつやけ食いしてました。それも二個も」 「やけ食いで良かった。こっちはいつも二個買うなんて彼氏と夜一緒に食べるのかなと思ってんだから。ずっともやもやしてたんだよね」 夜中にケーキを二個食べる、なんて普通の人は考えたりはしないだろう。いつもケーキを二個買うなら誰かと食べる。一人暮らしの人間なら恋人を呼んで夜一緒に、と。そう店員さんは考えていたらしい。それは確かにもやもやしてしまう。 「そんなもやもやしてた時に告白されたんだよ。気の迷いでも嬉しかったな。でも気の迷いで終わらすなんてさ、ひどくない?」 「ひどい、ですよね。本当にごめんなさい……」 「謝らなくていいよ。実際付き合ってくれれば気の迷いなんかじゃないわけだし。とりあえず名前教えてよ」 「……樫原歩(かしはらあゆむ)です」 「オレは水津曜(すいつよう)」
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