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ここで自己紹介。店員さんはすごくよくしゃべる人だしこちらの罪悪感を見事についてくる人だから、つい名前を教えてしまう。
とりあえず店員さんの気持ちはわかった。そして嬉しい。けれど私の恋人がほしいと言う気持ちは店員さんに愚痴ったせいですっきりした。
店員さんはとても素敵だ。付き合えば確かにWin-Win。きっといろんな問題が解決する。
でも私に彼氏がほしいと言う気持ちがなくなったのに、付き合っていいものかという問題が新たに現れる。
迷っているうちに新たなお客様が来た。夜遅くて他にお客がいないから忘れがちだけど、この店はまだ営業中だ。
「いらっしゃいませー」
店員さんはさっきまで男の声だったのに今は女の声で営業スマイルになった。やっぱり徹底している。私は新たなお客様のため、そっとショーケースを離れようとした。しかしその足は止まる。新たなお客様が、私の知り合いだからだ。
「えっ、樫原先生?……奇遇ですね。こんばんは」
「こ、こんばんは」
新たにやってきたの客は、さっき話したモンペの一人。弟と歩いただけで恋人として『産休入られたら困る』と言ってのけた人、鳥野さんだった。
鳥野さんは母親にしては若いけど教育熱心という雰囲気の人で、保護者達のリーダーとなりつつある。きっと仕事終わりにこの店に寄ったのだろう。
背中に嫌な汗が出る。また何か小言を言われるかもしれない。
「先生もケーキですか? わかります、ここのケーキってとってもおいしいものね。それに夜遅くでも営業しているし、」
嫌な予感がする。きっと鳥野さんからこのケーキ屋の営業時間から嫌味を言われる。にこにこしていてもどこか嘲るような視線になったから、ここからだ。
「先生も毎晩遅くまで仕事して大変ですものね。ほら、学校の先生ってろくな社会経験がないというから、何をやらせても要領が悪いというか」
嫌な予感が当たった。いろいろ言われてるけれどぐっとこらえる。きっとこの人達はずっとそうなんだ。私がどれだけ先生らしくても気に食わない。なぜかといえば、先生という職業自体を馬鹿にしているから。
でも古株の発言力ある先生に文句を言えば自分の子供にしわ寄せが来るかもしれないから、若く発言力のない私を攻撃する。
そんないつものクレームだけど、店員さんのおかげか状況を冷静に察する余裕を持てるようになっていた。きっと店員さんという良い変わり方の例を見たからだ。
男らしくないと叩く人は無視している店員さん。彼を見ているとまるで私まで変われたような、そんな風に錯覚してしまう。いつもの嫌味はいつもより平気だった。
その店員さんは保護者と教師の会話に割り込み、私へと語りかける。
「歩ちゃん。こっちもうすぐ仕事終わるから、そこで待っててくれる?」
店員さんは高い声を維持したまま、私にプライベートっぽく声をかける。歩ちゃん?
それはいきなり親しげだと思う。でも付き合うかどうかという大事な話をしていたのに、私が帰ってはいけない。もしかしたら彼は逃さないようそう言ったのかもしれない。私も家に帰ったら恥ずかしくなってもうこのお店に来れないだろうし。
「あ、あら、お友達なの?」
鳥野さんが店員さんに尋ねる。少しバツが悪そうだ。当然の権利とばかりにクレームをいれている鳥野さんだけど、さすがに他人の目は気になるのかもしれない。
その店員さんはビジネス用からプライベート用だけど、女の子として可愛い笑顔を作る。
「はい。親友なんです! 歩ちゃんの部屋と私の職場が近くて、よく訪ねてくれるんですよ」
そういえば恋人になって保護者の前では女友達の振りをしてほしい、みたいな事を店員さんに言ったんだっけ。まだ恋人でもないのに、律儀に女友達として振る舞ってくれるようだ。
「もしかして、お客様は歩ちゃんの生徒さんのお母様ですか? 世間は狭いですね。あ、お客様はフルーツタルトがお好きでしたよね。今日は残ってますよ」
「あぁ、覚えてくれたの?」
「はい。そしてこの間一緒にいらした旦那様はチョコ系がお好きでしたよね。今日からチョコ系が一種増えたんです。ご一緒にいかがですか?」
店員さんの見事な営業トーク。お客様の買うものを全部覚えているみたいだ。その上でおすすめしてる。
なのに鳥野さんは、みるみる青くなっていく。そして驚いた顔で私を見て、何か言いたげに口を開いた。しかしなんの言葉も出ない。
保護者は結局私には何の言葉もかけず、震えた声で店員さんに告げた。
「ふ、フルーツタルトと、そのチョコケーキと、息子に……チーズケーキをお願いします……」
「はい、かしこまりましたー」
鳥野さんは青くなったまま、店員さんに向かって言った。結局私には何も言わなかった。それに敵意のようなものがなくなっている。私や店員さんにまで強気な態度だったのに、今はおどおどとしている。
これはどういうことだろう。
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