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モンペこと鳥野さんがケーキを持って帰る。その姿を見えなくなるのを確認してから、私は店員さんにどういうことかを尋ねた。なんで鳥野さんは急に私と店員さんを見て、明らかにうろたえたのだろう。
「あの人、クレームの勢いがなくなったのは、どうしてですか?」
「あのモンペのお客様、略してモンペ様、不倫相手がこの近くに住んでいるんだろうね。それかよく行くホテルでもあるんじゃない?」
男の声と態度で店員さんは答えた。
不倫相手? なんでそんな事を店員さんが知ってるんだろう。確かにこの付近は繁華街も近いから、ホテルもあるだろうけど。
「あのモンペ様、前に来たとき、若い男性と二人連れだったんだよ。それも恋人ってかんじでべたべたひっついて。まぁ中学生の子供がいる夫婦だっていちゃいちゃしてていいんだけど、できたての恋人みたいでさ。男性も子持ちには見えなかったし、今確信したけどあれが不倫相手だったんだろうね」
「そんなわかるようなことですか?」
「試しにチョコ系の話をしてみたんだよね。そしたらあきらかにうろたえて『旦那がチョコ好き』って話にしたよね。それ、歩ちゃんやオレがいる前だからだよ」
店員さんは頭の回転が早い。というか私がにぶいのかもしれない。
モンペ様こと鳥野さんが前にこの店に親しげに男性として来たからって、それは旦那様かもしれない。でもそれならなら『よく覚えているわね』で終わる話だ。
チョコ好きな人が不倫相手だとして、『前に一緒に来たどうみてもただならぬ関係の男性は旦那様』と話題をだして、反応を見る。
それにモンペ様はうろたえていた。だから店員さんは不倫相手だったと確信した。
けれど鳥野さんはここで否定をするわけにはいかなかった。『この間のあの人は不倫相手です』なんて馬鹿正直に言うはずがない。だから鳥野さんは冷静になってから、なんとか『これから家族で食べます』というていでケーキ三個も買って帰った。ただすっかり弱気になってたけど。
「さっきオレと歩ちゃんが親友だってアピったでしょ。それが効いたみたい。『もしかしたら店員が先生に不倫をチクるかも』なんて考えてんじゃないかな、今頃」
「あ……」
「だからもう、あのモンペ様が歩ちゃんにクレームを入れることはないと思うよ。自分の秘密を知ってるかもしれない相手を攻撃なんてできないから」
だから店員さんは事前に私を『歩ちゃん』だなんて呼んで親友アピールをしたのだろう。鳥野さんが絶対動揺するように。そして仲良しな私達がこの事を後で喋って広めるかもしれないと思わせるために。
これで私は鳥野さんにとって『自分の不倫を知ってるかもしれない先生』となった。秘密がいつばらされるかとヒヤヒヤしていれば、もう私にクレームをつけることはないだろう。
そんな判断を、店員さんは一瞬でした。不倫を知ったのは偶然だとしても、それをうまく利用して、私を守るための牽制をした。なんて人だろう。
女装した男の人ということには驚いたけど、すごい人だと思う。
私もくらりときた接客態度。モンペ様などお客様や好みのケーキを覚えている記憶力。それをとっさに利用して牽制する応用力。まだ付き合ってもいない異性を助けようとする心。何よりとても美しい顔や仕草。
きっと彼は今逃したらもう出会えない程の好条件の男性。ならば捕まえたい。
「店員さん、じゃなくて曜さん」
「は、はい?」
「告白して取り消したのを取り消させてください」
しまった、テンパってわかりにくい言い方をしてしまった。けど意味は間違っていないはずだ。いろいろあって、短絡的な告白だったけど、その判断は間違っていないと思う。
私は曜さんと付き合いたい。きれいすぎて付き合うというのは恐れ多いし、私よりキレイな人の隣で彼女やってけるのかと考えると自信はないけれど。
でももう少し、この人の隣にいたい。この短期間でそう思ってしまった。
「……わかった。オレ、女の子の振りは完璧だから任せて!」
「あ、いえ、それはもういいです。やっぱり保護者にバレたくないから女装してもらうっていうのは私の都合で申し訳ないし」
「真面目だよね、歩ちゃん。そこがいいけどさ」
「ええと、でもできればこっそりとしたお付き合いはしたいです。クレームは怖いし、それで曜さんが巻き込まれちゃいけないし」
曜さんは当初の目的を叶えようとする。けど、デートだから女装してというのはさすがによくない。曜さんが好きでやってる事だとしてもだ。
だからといってクレーム入れられやすい今、男の人と堂々と交際する訳にはいかない。私は自分の事はもうどうでもよくなったけど、曜さんの悪口を言われたらいくら保護者でも許せないと思う。
だから付き合うならこっそりと。そんな都合のいい私の要求だけど、曜さんは頷いてくれた。
「いいよ。じゃあ目立つデートがしたいときは女装する。目立たないデートをするときは男装ね。これは目立たないデートばかりじゃ嫌なオレの都合だから、歩ちゃんの都合じゃないよ」
男装って、曜さんは男の人なのに。それが妙におかしくて私は笑ってしまった。
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