夜のケーキ屋、愛想のいい店員

8/8
前へ
/18ページ
次へ
■■■ それから数日。今日も夜遅くまで学校に残って働いて、その帰りにいつものケーキ屋に寄ってみた。レジにあるのは笑顔の素敵な女子店員、じゃなくて女子店員の格好をした男の子、曜さん。私よりも一つ年上のパティシエでレジ担当だ。 「いらっしゃいませー」 曜さんは例えやってきたのが私であっても女の子の声で挨拶する。別にいいのに、女の子として振る舞う事を徹底しているらしい。それも堂々とデートをしたいからだ。 女の子の姿の彼と私が歩いたら誰もが友達同士だと思うはずだ。逆に遠方で待ち合わせて遠方でひっそりした場所に行くデートは男の人の格好にしてもらう。不便だけど、女装するか男装するかは曜さんの判断に任せる事にした。 「歩ちゃん、髪色変えた? あ、黒染めしてたんだっけ、それ戻したの?」 「うん」 「そっちのがいいよ。リップもしっかりピンク系でいいと思う。顔色よく見えるね」 「ありがとう。ほんとめざといしよく覚えてるね」 「客商売ですから」 平たい胸を張る曜さん。 曜さんと付き合うことになって、私は黒染めしていた髪を元の色に戻すことにした。化粧も落ち着いた赤系から明るいピンク系にした。かなり派手だし教師にしては落ち着きなく見える気もするけれど、教師らしい見た目や振る舞いをしようだなんてもう思わなくなった。 そんな努力よりも授業や生徒の様子に気を配る方がずっと大事だからだ。もちろんそう簡単にはいかないし、見た目も大事だからクレームもあるだろう。けどいつか、わかってくれる生徒が一人でもいればいい。曜さんのおかげで私の考えは変わったのだ。 とりあえず今のところはクレームはない。学校の先生たちには髪の色は地毛がこっちだと説明したら『今の時代は逆に黒く染める方がよくない』と言われた。 保護者にも文句は言われていない。普段なら鳥野さんが言うんだろうけど、秘密がバレるのを恐れて私を攻撃しなくなったし、逆恨みされて不倫をバラされたくはないからと他の保護者をも止めてるのかもしれない。 「きっとモンペ様達も歩ちゃんがクレームをほいほい改善するからクレームがうるさくなったんだよ。クレーム言い甲斐あるから」 「ほんとそうだった。もうプライベートに関わるクレームは聞かない事にする」 考えて見れば、もしも私がお酒を飲んでお惣菜食べて私服が派手で異性関係も派手だったとしたら、保護者も突っ込むにも限りがあるのでクレームは厳選されるはずだ。なのに私は次々に改善していったから、保護者も次のクレームを用意できてしまう。本当にきりがないことだ。やめれてよかった。もう少しで潰れてしまうところだった。 でも、私が潰れかけたおかげで曜さんと知り合えて立ち直れたのだから人生わからない。 「ところで歩ちゃん。今日帰りそっちの部屋に寄っていい?」 「……女装のままでいてくれるならいいよ」 「それはもちろん。モンペ様に見つかったら大変だからね」 曜さんは女装に対してとても乗り気だった。それは本人の趣味の問題かと思っていたんだけど、もしかしたらスケベ心のせいかもしれない。 私はモンペに何を言われようと気にしないつもりだけど、彼氏についてはできる限りは隠しておきたい。私はいいとして曜さんに何か言われたくはないからだ。そんな状況だから、男の姿で私の部屋を出入りはできない。 だから女装で私の部屋を出入りしなきゃいけないというわけで。私の部屋でできる事といえば、まぁそういう事だ。曜さんはこんな可愛らしい見た目であってもしっかり男の人だった。 別にいいんだけどね。曜さんは私にとって要望すべてが叶った恋人なのだから。 これが私の、女子だと思って女装男子に告白した事情だった。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加