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傘の大群に拘束されて夜の空を飛びながら、地上の街を見下ろした。 私が生きてきた街がそこには見えた。 煌びやかなイルミネーション、 賑わいながら歩く人々の波、 聳える高層ビル群、 冷たいけど心地良い風に吹かれながら、私はまるで遊覧飛行をしているような気分になった。 それにしても、一体何処に飛んでゆくのか? 訳も分からない中、私は大量の傘の群れと共に、漆黒の夜空を飛び続けた。 だがしばらくして、傘の大群は急降下し始め、一つの高層ビルの方に向かっているようだった。 そして急降下が続いた後、私はその高層ビルの屋上に放り投げられるように叩き落とされた。 幸い、傘の群れは地面スレスレまで降下していたので怪我はしなかったが、随分乱暴な着地ではあった。 その屋上に あの人がいた。 真夜中の高層ビルの屋上に、 あの人は、たった一人で立っていた。 落下してきた私に驚いて、あの人はこちらを無言で見ていたが、しばらくすると、私に背を向け、屋上の手摺を掴んでいた。 ひょっとして…! 「やめて!」 思わず、私は叫んでいた。 「…。」 「やめて。こんなところから飛び降りるなんて…やめて!」 「…君には関係ないだろ」 私に背を向けたまま、ようやくあの人は口を開いた。 「あんた、昔は名うてのサーファーとして有名だったじゃない」 「昔の話だ」 「その後だって、アルマーニのスーツを着て、大手企業で頑張ってたわ。昔、芝浦にあったディスコのVIPルームは、そういう人の御用達だったから」 「サラリーマンはもう辞めた」 「その後もDJとして随分人気があったじゃない。私なんかまるで近寄れなかったわ。その後、ロンドンやニューヨークでも活躍してたじゃないの」 「それも昔の夢だ。海外で夢を追って生きていくのは、厳しいことなんだよ」 「それでも日本に帰って来てから、起業して一国一城の主になったじゃないの。あんた、すごく元気そうで頼もしかったわよ」 「…それがこのザマだ。会社なんてとっくに潰れた。後は借金が残ってるだけだ。俺には、もう、何もありはしない…」 「じゃあ、私はどうなるのよ?ずっとあなたとすれ違って来た私はどうなるの?」 「えっ?」 「あんたを追いかけていたわけじゃない。偶然すれ違う度に、ちゃんとさよならを言ってほしかっただけ。でも…」 「でも?」 「私は結局、ずっとあなたを見てたのよ。長い間、ずっと。あなたには、私がいるのよ」 「…すれ違った時、いつも君だと気付いていたよ?でも…」 「でも?」 「俺はいつも中途半端で、君みたいにしっかりはやってこれなかったんだよ。君にすれ違いざまに見つめられて、いつも恥ずかしかったよ」 「私だって何もかも中途半端よ。おまけにこの年になって未だ独身よ。あなたしか…見て来なかったから…。あなたには、私がいるのよ」 「昔一緒に住んでたマンション。もう今は無くなったよ」 「そう。綺麗なマンションだったよね。あの頃は幸せだった。でも元に戻らなくてもいいのよ。また今日から新たに始めれば…そして、私にちゃんと"さよなら"を言って」 「さよなら、か。そう言えば黙って消えたな、あの時」 「そうよ」 「言いたくなかったんだよ。すれ違う度、ずっと。それでいつか…」 「何?」 「いつかまた、一緒に暮らそうって何回も言いたかったのに、いつも中途半端で、だらしなくて、言えなかった」 「え?」 「今もまだ言えないよ。こんなザマじゃ」 「言わなくていい。ただ今日からまた、新しく始めればいい。今までみたいに。あなたには、私がいるのよ…」 「…ああ…わかった」 暗黒の宵闇の中、さまよいながら、抱き合った。 何も言わず、ただ黙って。 今までみたいに。 何も言わず、すれ違い続けてきたように。 都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘=スカイアンブレラ。 そんな都市伝説を聞いたことがあった。 ある時、人は、それを目撃することが出来る。 終
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