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森の魔法屋
深い森の奥に、一人の魔法使いが住んでいた。
魔法使いの名前は、ソルティレージュ。純白の肌と純白の髪、赤い瞳の美青年だ。
少しの代償で人々に魔法をかけてやるのだが、彼のひたいには銀細工の一角の飾りがついている。そのため、人々はひそかに彼のことを、ほんとうは悪魔なのだとウワサしていた。
それでも魔法の腕はたしかだし、彼のもとを訪れる客はみんな満足して帰るので、森の魔法屋に人足のとだえることはなかった。
さて、その国に、エメロードという名のたいそう美しい王子がいた。
神様がこの世の美しいものをすべて集めて、王子一人を造ったように、それはそれは麗しいのだが、残念なことに大人の知恵を持たなかった。十六になっても心は六歳のまま。家臣たちも表では王子を敬っているけれど、かげでは嘲笑っているのだということを、王子は知っていた。
王子は皆に笑い者にされることが悲しくてしかたなかった。賢くなれるのなら、何を失ってもいいのにと、日々、考えていた。
その日も王子は皆の前で愚かな失敗をして、お城をぬけだして森で泣いていた。
どこからか醜い小鬼がやってきて、王子のそばにすりよってきた。その小鬼ときたら、身の丈は王子の半分もないのに、ズボンの中身だけ、ふくれあがったように大きい。顔つきは獣のようで、ひとめで悪魔だとわかる。
小鬼は泣いている王子を見て、猫なで声で話しかけてきた。
「ねえ、可愛い王子。おまえ、なんで泣いているんだい?」
「ぼくがお利口じゃないからだよ。みんなが、ぼくを笑うんだ」
「おお、かわいそうに。おまえはこんなに美しいのに。金色の巻毛。象牙の肌。エメラルドの瞳——泣くんじゃないよ。おじさんが、おまえを賢者のように賢くしてあげよう」
王子はおどろいて、澄んだ瞳をみひらいた。
「ほんと? そんなことができるの?」
「できるさ。深い地の底の国にある知恵の実をかじれば、誰だって利口になれる。もし、あんたが、わしの花嫁になってくれるなら、おじさんがちょっと行って、とってきてあげよう」
なにしろ王子は子どもなので、賢くなれると思うと、それだけで大喜びだ。あとのことなど考えもしない。
「いいよ。とってきておくれ」
「じゃあ、とってくるがね。おまえさん、嘘をついたら地獄の底にひきずりおろすよ。それを承知で約束するんだろうね?」
「うん。約束するよ」
無邪気に小鬼を送りだして、待つことしばし。小鬼は地面のなかへもぐったと思うと、ものの数分で帰ってきた。
「これが知恵の実だ。さあ、食べてごらん」
それは、どこから見ても赤いリンゴだった。
王子は言われるままに、ひと口かじった。
すると、頭のなかに急に光が差したように叡智が宿る。さらにひと口かじると、ますます明晰に磨きがかかる。
王子は知恵の実をまるまる一個、たいらげた。物事の道理が、まるで清水を泳ぐ魚のように見通せるのだが、とたんに恐ろしいことを思いだした。自分がまだ愚かだったころ、目の前にいる醜い悪魔とかわした約束を。
王子は青ざめて、あとずさった。
「おい、坊や。なんで逃げるんだね。まさか約束をやぶるつもりじゃないだろうな?」
「約束は守るよ。だけど、お願い。一年だけ待って」
「一年ねえ。まあいいだろ。一年たっても約束が果たされなければ、おれはおまえの父上の国を滅ぼして、おまえを地獄にひきずりこむよ」
王子はふるえあがって、承諾するよりなかった。
「わかった。約束する」
「じゃあ、一年後の今日までに、この場所に来るんだぜ?」
王子はよろめくように城へと逃げ帰った。
残された小鬼は、さっそく森の魔法屋をおとずれた。
「おい、ソルティレージュ。頼みがある」
「ポワーブルか。どうした? いつにもまして辛気くさい顔をして」
「ふん。どうせ、おれは、おまえさんみたいに男前じゃないさ。同じ悪魔で、どうしてこんなに違うのかね。おれが醜いので、どうやら花嫁に嫌われちまったらしい」
ソルティレージュは残酷にも大笑いした。
「おまえの花嫁になろうという奇特な女がいるとはね。どこのゴブリンをひっかけたんだ?」
ポワーブルは憎らしいような得意げなような表情で、醜い顔をますます複雑にしてみせる。
「ところが相手は人間なんだ。それも輝くばかりに美しいんだ。あいつがいつも森で泣いてるのを見て、前々から目をつけてたんだ。悪魔の恋ってやつだな。悪魔がこの病気にかかると、やっかいだってことは、おまえさんも知ってるだろう?」
「人間と違って、おれたちは気持ちが変わらないからな」
「だから、頼む。おれをあんたみたいな美男にしてくれないか。お礼はなんでもするからよ」
ソルティレージュは両手を組んで、自分を拝む悪魔の仲間をながめた。秀麗なおもてが少し険しくなる。
「そうは言っても、わかってるだろう? 悪魔の姿は魂の形だ。少しのあいだ別の姿に変身することはできるが、生まれつきの姿は一生、変わらない。姿と魂の形が異なる人間とは、そこが違う」
「そこをまげて、なんとか頼む。このとおり。おれの一番、大事な宝物をやるからよ」
ポワーブルは小狡いところはあるものの、悪魔にしては気のいいやつだ。ソルティレージュはそれを知っているから、できることなら友人の願いを叶えてやりたい。
「つまり、花嫁がおまえを嫌わなければいいんだな?」
「まあ、そういうことだ。なあ、頼む」
「わかった。任せておけ」
ポワーブルは大喜びで帰っていった。
そのすぐあとに、入れかわりでやってきたのは、ポワーブルの愛しい花嫁だ。
「あなたが国一番の魔法使いだと聞いて来ました。どうか、私の願いを叶えてください」
エメロードを見たとたん、ソルティレージュは、友人がこの王子にしつこく、こだわるわけを理解した。
ほんとに光り輝くばかりに美しい。とくにその碧玉の瞳には、甘いような切ないような、不思議な魔法にも似た力があった。
「美しい人だ。悪魔に恋されるのもいたしかたない」
「わかりますか? じつは、それで困っているのです。うっかりと約束してしまいましたが、あんな不気味な小鬼の花嫁になるなんて、考えるだけで、おぞましい。どうにか約束がなかったことにはできませんか?」
「それはムリというものだね。あんた、小鬼のおかげで利口になれたんでしょう?」
「そうだけど……百歩ゆずって、あいつが悪魔だってことはガマンするとしても、あんなやつになぶりものになるなんて、虫酸が走って卒倒してしまいます」
「あいつも嫌われたものだね。まあ、そういうことなら手立てがないわけじゃない。そのかわり、あんたの大切なものを貰うが、いいか?」
「大切なもの?」
可愛いおもてに警戒の色を浮かべるので、ソルティレージュは微笑した。
「なに、小鬼が請求したほどのものじゃない。誰も傷つけないし、誰も不幸にはならないよ。私はみんなを満足させる魔法屋なんだ」
「そういうことなら……」
「じゃあ、あんたはまず一人旅に出ることだ。この森を通りぬけたさきに、となりの国がある。そこを目指しなさい。森の途中で、せむしの子馬を見つけるだろう。助けてやってくれ。あとは子馬がうまくしてくれる」
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