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海音
左保里に、見せたいものがあるんだ。そう言う海音に連れられて、ろくに会話もしないまま、車で向かったのは、山の麓。
そこからモノレールに乗り、山頂を目指す。目的は、山に架かる橋から景色を見ること。なぜ急に、その景色をわたしに見せようと思ったのか。それは、わからない。
モノレールを降りて、少しだけ歩く。目の前を進む海音は、無言のままで。わたしは、自分の気持ちを悟られている気がして、少し焦る。
橋の上に着くなり、海音の腕が、わたしを強く抱きしめた。けれど、わたしは、彼の背中に手を伸ばさない。だって、わたしは今日、彼と別れるために、ここまでついて来たんだから。
「ずっと、この綺麗な景色を見せたかったんだ。左保里に……」
確かに、ビルもマンションも何も1つ無い場所から見るこの景色は、美しいと思う。夕焼けに染まって行く広い空も、秋色に変わる川の水面も。この山を登り、橋の上から眺めなければ、見られないものばかり。
けれど、一緒にいるのが彼でなければ、もっと感動したのかも知れない。そんな事を考えてしまうのだ。わたし達、もう終わりだよね?
海音は、高いところが苦手。いくら柵があったって、地上から十メートルは優に越えるこの橋の上は、怖いだろうな。
そのくらいの事は、わかる。彼を好きだった時も、あったもの。だけど今は違う。高い所だからこそ、わたしは今日、ここまで付いてきた。
秋口の風は、強い。風がわたしの体を強く叩くのを合図に、わたしは川に向かって手を伸ばした。そして海音は、視線をわたしの手の先へ向ける。
わたしの持ち物か何かが、風に飛ばされたと、思ったのだろう。海音は疑いもせず、何も無い空中へと手を伸ばした。
……今だ。
わたしは両手で、力一杯、海音の背中を押した。
彼から、離れたかった。自由になりたい。もう、束縛されるのは、嫌なの。わたしを縛りつける、全てのものから離れて、自由になりたい。
わたしだって、友達と遊びたかった。好きな服を着て着飾ってみたり、好きな物を食べて、幸せを噛みしめてみたい。
そして、本当に好きな人と、一緒に生きていきたいの……。
「ごめんね。海音……」
落ちていく瞬間、彼がニヤリと笑った。それと同時に、わたしの体は宙を舞う。
「俺は絶対に、左保里を離したりしない」
わたしは恐怖で、海音にしがみつく。彼はわたしを力強く抱きしめて、離さない。
落ちていく瞬間に思った。きっと、今のわたし達は、お互いを深く愛し合う恋人同士に見えるのだろうなと。二人の想いは、こんなにも、すれ違っているのに……。
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