夜明け前 68

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夜明け前 68

夜明け前  68 夜明けは過ぎたみたいだ。ぼっと天井を眺めあげていると、岩戸の向こうがぼんやりと明るい。その光のためか、こちらの広間もうっすらとではあったが、提灯なしでも窺う事ができた。陽が高くなれば、もっとこの中は明るくなるだろう。勿論、そんな時間まではここに居られないのだが。 胸の上にいる祥は、ほっぺたや髪の毛、身体中に白い砂をまぶして気持ち良さそうに寝ていた。いつもは無理やり起こされて寝顔を堪能できないので、少し疲労の見える美しい顔をしばらく見詰める。枕を抱えるようにゆったりと、俺の脇腹に腕を回し、警戒心なく俺の胸に顔をこすりつけている。 頭を抱え込み、一度やわく抱き締めると身体を離す。黒裾模様の着物をかけてやると、自分は半身を起こし、髪や身体についた砂を払う。祥の顔や髪に張り付いた砂も、いくらか手の甲で落としてやりながら、昨夜の甘ったるい行為を思い起こした。 適当な物がないので、祥のローブを借りて腰を隠すと、俺は浅瀬を渡る。岩戸の向こうを覗くと、やはり遥か天井からは、お天道様の自然な光が降り注いでいた。岩の隙間というよりは、大木のうろや根元のように見える。もしかしたら、お山の頂の辺りに、ここに直接来れる入口があるのかもしれないし、帰りはここから出られるのかもしれないと思ったが、俺はそうするのをやめにした。表から直接の入口も探さないでおこうと思う。 また何かに困った時、何かを見詰め直したい時、ここへこの道を辿ってやって来たいと思った。そしてこの光を眺め、この水の冷たさを感じたい。この景色を淋しい場所ではなく、美しいと思いたい。……その時まだ、祥は俺の傍に居てくれてるかな。半島はどうなっているかな。 俺は湧き出て小さな瀧となっている流れで顔を洗い、深く息を吸い込む。広間から微かに、水を使う音が響いてきて、俺は広間に足を向けた。 浅瀬で祥が果物を冷やしているのが見えた。昨夜の花嫁衣装ではなく、普段屋敷で着ているような薄手の洋服で、奴はこちらに背を向けていた。水浴びをしたのだろうが、まだ、砂が髪に混ざっているのだろう、奴は掌を髪に差し入れて、風を含ませていた。 俺が、こんなとこで組み伏したせいで、悪い事したなあ。とは思ってみるが、嬉しい気分は隠しようもない。昨夜の祥は可愛かったなあ……と鼻の下を伸ばしながら近寄っていくと、奴は俺の気配に振り向いた。そして、俺をてっぺんから足元まで眺めると、昨夜の甘い雰囲気などどこへやら、怒髪天に怒り出した。 「あ……あんた、私のローブを、そんなものを隠すのに使うんじゃない!」 ++++++++++ 帰り道は、さんさんと降り注ぐ陽の下、意気揚々と俺は河を泳いだ。来る道は、真っ暗闇の中で神経を尖らせながら進んだ狭い水路も、祥の話を聞いたせいか、居心地の悪さも焦りも感じず、落ち着いて戻る事ができた。昼間だとの意識があるせいか、心なしかうっすら明るい気もする。 すると祥が、 「ね。光ってるの判るでしょ?」 と俺の頭を叩く。視線を回して背中を見ればなる程、俺の鱗やそれに呼応するかのように、辺りの岩も不思議な色を湛えていた。何かこのお山は、不思議な鉱石でできているのだろうか?そして、その鉱石から湧いて出る水を飲んで育った俺達は、何らかの恩恵を受けているのかもしれない。 しかし、だとしたら、ここの水を観光に訪れる人間達が飲むのは危険ではないか。彼らはここの水をなんの不審も抱かずおいしいと言ってくれたが、俺はとても不安になった。 周りに見惚れている祥に、その不安を伝えようと、俺は奴の肩をつついた。自分を挿し、髭で水をすくう動作をする。そして、「他の国の人間達」を示すために、水平に楕円を何度も作って世界を表現した。最後に問い掛けとして首を傾げると、祥はしばらくその意味を思案していた。 「私達と人間達は、本当は暮らしてる国が違うだけだよ」 ぽつぽつと喋り出す。
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