その日、僕は天使に出会った

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その日、僕は天使に出会った

 僕は走っていた。 放課後の校舎に響く歌声。 この声の主に会うために。  三階の廊下を上り切った時、彼女はここにいると確信した。息を切らしながら端から教室を見て回る。3−5。窓際の席に彼女は座っていた。僕のことに気付いても、歌うのをやめない。僕は声をかけようと思って一歩を踏み出したかった。しかし、動けない。彼女の視線が僕を射止める。西日に透かされた白いブラウス。綺麗で長い髪の毛。彼女は天使のように見えた。何の歌を歌っているんだろう。僕の知らない歌。名前は何ていうんだろう。いきなり名前を聞いたら失礼か。初めまして。そう言おう。口を開くとカラカラに乾いた喉から「あ……ああ……」と変な声が漏れた。彼女は不思議そうな顔をして、歌うのをやめた。ダメだ、第一印象は大事だ。いったん水分補給をして出直そう。ダッシュで水飲み場へと駆けた。勢いよく蛇口をひねったせいで、水が噴水のように吹き出し、顔面がびしょ濡れになってしまった。こんな日に限ってハンカチは持ってきていない。しかし、水も滴るイイ男というではないか。軽く水を払って、水分を補給してまた3ーAへと走った。彼女はどこだ。さっきまで彼女が座っていた机の後ろの窓は開いたまま、風がカーテンを揺らしている。頭の中に彼女の歌声が響く。消えてしまった。やはり本当に天使だったのか、あの子は。彼女が座っていた机に近寄ると、夕日が赤い空に浮かんでいるのがよく見えた。あの子の歌が、また聞きたい。もしかしたらまた会えるかもしれない、そう思うと自然と頬が緩んでしまった。
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