冷たくて穏やかな夜に

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  初めてここに来たのは、雑誌で見たデザートブッフェの記事がどうしても気になって。  普段、あまりお世話になることのないホテルに足を運ぶと、そこはまるで別世界だった。  赤い絨毯に所々アクセントとして施されているゴールドの飾り。天井から吊るされた大きなシャンデリアは太陽の光を反射させてキラキラと輝いていた。  場違いかもしれない、なんて緊張感とまるで外国にでも来たかのような高揚感に私の胸は高鳴る。  そして一緒に来ていた彼にあまり深くは考えず「いつかこんなところに泊まって、素敵な夜を過ごしてみたい!」なんて感想を漏らした。  肝心のブッフェも文句なしの美味しさで、夢のような内装とディスプレイに、私は幸せそのものだった。  そんな私に対し、彼は苦笑しながらも、あまり甘いものには手をつけず、コーヒーとサラダをつまんでいるだけだった。  そのときは知らなかった。彼が甘いものが苦手だなんて。  後からその事実を知って、謝る私に「いいよ。夢花(ゆめか)が嬉しそうだったから」と笑ってくれた。  彼はすごく優しい。人の良さそうな雰囲気は、頼りない印象を抱かせるほどで、その通り強引さもない。  どちらかといえば、この恋愛はいつも私が引っ張っている。付き合いだしたのも、職場の先輩だった彼に私から告白した。  甘い言葉を囁いたり、サプライズを仕掛けたり、目に見える愛情表現をしっかりしてくれる人でもない。  それでも私は、いつも穏やかで安心させてくれるように笑う彼が大好きだった。
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