冷たくて穏やかな夜に

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「その、実は……子どもを授かりまして」  妙にかしこまった言い方になってしまったのは、しょうがない。勢いをつけて飛び出した言葉を彼はどう受け止めたんだろう。  流れる沈黙を受けてちらりと彼を(うかが)うと、先ほどの比ではないくらい大きく目を見開いている。  ややあってから、その唇が動いた。 「それは、おめでとう」 「なんで、そんな他人事(ひとごと)なの!?」  つい噛みつくように返す。劇的なリアクションは期待していなかったけれど、それはあんまりじゃない? 「大樹が父親なんだよ?」 「そりゃ、他の男だったら困るよ」  頬を人差し指でかきながら困ったような表情を浮かべている彼に、私は苛立っていく一方だった。 「私、自信ない」  わざとらしく視線をはずして再びこうべを垂れる。 「いい母親に……なれないかも。そもそもちゃんと生めるかな? 育てられる? 私、最低だよ。嬉しいはずなのに、こんな不安ばっかりで」  今まで我慢していた心情を吐露(とろ)する。好きな人と結婚して、好きな人の子どもを授かって、これ以上ないはずの幸せなのに。  自分で望んでいた子どもを、いざ授かってみると嬉しさよりも怖さの方が大きいなんて。  出産に対する不安、親になることへのプレッシャー。なんだか自分が、とんでもないようなことをしてしまったような気になって。  そんな感情に自己嫌悪する。こういうのって、手放しで喜ぶものじゃないの?  こんな私は母親失格なんじゃないだろうか。お腹の子にも大樹にも申し訳ない。そんな思いを抱えて彼に話したのに。  せめて大樹がもっと喜んでくれたら、この気持ちは救われたのかもしれない。
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