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二.チューリップ
国会議事堂近くに構える都立朝ヶ谷高校は開校一一〇年、東大進学生徒を毎年十五人以上を輩出する名門校だ。東京メトロや都営地下鉄の数駅が最寄り駅になっているのでアクセスも良く、歴史と伝統の風格も備えた朝ヶ谷高校は今も昔も23区内外を問わず、人気校の一つだ。
偏差値七十を超える学校に通う彼らを秀才だらけと思う人物も多々在るし、中には勉強や大学のことしか頭にない、ガリ勉集団と見る人もいることだろう。しかしそれを主張する人間は肝心なことを忘れている。彼らは学生。成人の庇護下にある子どもなのだ。学校の利益や風評を意識して先の功績を残したわけでは決してない。それはその結果を残した後、第三者や時代がそうと決めただけのこと。彼らは決して勉強、試験、偏差値のことだけを考えて、それ以外を締め出しているのではない。彼らにとって友情、恋愛、それらからの衝突は人生の一大事であり、地図の無い冒険である。
二時限目(朝ヶ谷高校は授業のコマを「時限」と表す)の終了のチャイムが鳴ると清花は開いた教科書の上に突っ伏した。
「……やってしまいましたわ」
「花、初日から余所見なんて逆にやるじゃん?」
三月に卒業した泉中学校以来の同窓である村上理香がやってきてからからと笑った。ショートヘアできびきび動作と口調はからっとしていて気持ちが良い。
「答えられて良かったですわ」
「運が良かったね、花」
斜め右から長い髪をお団子に纏め上げた松本星奈が言った。もう一人、穂波しほりもやってきてその横にちょんと座った。しほりは身長が一六〇に届かず小さくて、見た目は栗鼠やハムスターみたいだ。
「でも窓の外を見てどうしたの?」としほりが聞いた。清花は改めて恥ずかしくなった。そっと窓の外を指差す。一年生の校舎からはテニスコートと中庭が見えるが、中庭とテニスコートは実は同じ高さに位置にしていない。中庭は一年生の校舎の目の前だが、テニスコートに降りるには中庭のスロープを下って行く必要がある。その中庭には大きな花壇があり、その中に一際見事なチューリップが植えられていた。赤色、桃色、鴇色、中黄色のチューリップがずらずらっと背筋が伸ばし、揺られて遊ばれていた。大きな花弁は枯れているものもあったが、大部分が美しい色と形を留めていた。中庭には誰もいなかった。その時間、中庭はチューリップやマリーゴールド、ガーベラたちとその花に付随する何かたちのものだった。
果たして話を聞いた理香たちは爆笑した。
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