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三.白詰草
朝ヶ谷高校には一つの庭園と三つの中庭がある。三年生の教室と職員室等の事務室が入っている本校舎側、二年生の教室が入っている二号館側、一年生の教室が入っている一号館側、そして体育館や道場やプールがある別館側に一つずつ。計四つの庭園は学年問わず誰でも入ることができる、というわけではない。別館側の庭園は規模がいちばん大きいが園芸部と授業用の庭園なので許可制で、本校舎、二号館、一号館の中庭と庭園に立ち入ることができるのはその校舎に教室を持つ学年とその担任教師だけだ。異なる学年は如何なる理由があってもその庭園に入ってはいけないと生徒手帳の校則一覧にも記されていないが、生徒は皆、暗黙のうちに了解し、それを堅く守っている。理由は中庭に入ればまず本能で制限を設ける意味を知り、月日が経つにつれて頭でも納得できる。
中庭と庭園は一種のプライベート空間なのだ。聳え立つ木々と見事な花壇が外のあらゆる五感を遮断し、とても静かでそこにいると先輩や後輩などの上下関係に悩まされる頭と心を癒すことができ、内緒話ができた。話すことは他の高校生となんら変わりのない、年月が経てば「なんだそんなことか」と一蹴されてしまいそうな他愛もない話だったが、皆、真剣なのだ。真剣だったのだ。
一号館の中庭は分度器のような半円形の、一番小さな庭だったが日当たりが良かったので初めの一週間は昼休みにきまって敷地の争奪戦が繰り広げられていた。先生方は毎年同じ光景を見ていたのでこれをただの小競り合いといった、些か呑気な表情で見聞きしていた。事実十日も経てば中庭は特別なものでもなんでもない、あって当たり前の存在になり、昼休みの争奪戦は鎮静化した。代わりに昼休み以外に朝や放課後の気の向いた時に足を向ける生徒が一人、または複数で現れては静かな時間の中で許される限り、芝生に座ったり横たわっては自分と向き合い、心に耳を澄ませ、芯から心身が癒されるのを待つ姿が見られるようになった。雨の日は打って変わって誰も近づかなくなるが、曇り空の鈍色、灰青色、鉛色の下で却って花々と草木の色が鮮やかに瞳に映った。
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