37人が本棚に入れています
本棚に追加
「なぁ。俺と付き合えって」
「嫌よ」
雑談のついでに口から出たかのような、緊張感の欠片もない告白。
それに対して、あっさりと拒絶する彼女。とてもつれない態度だけど、お互いに見慣れた、いつものやりとり。
二人とも、二十代後半といったところ。彼は身長が170センチを超えていて、肉体労働でもしているのか、ガタイが良かった。
「相変わらずだな」
「そうよ。悪い?」
彼女は細身で、整った顔立ちをした美人だった。
けれど、どこか物憂げな表情で、疲れているように見える。
――ここは、海の近くにある田舎街。
幼馴染みの男女が、夕暮れ色に染まる道を散歩しながら、久しぶりの会話を楽しんでいた。
「私を笑いに来たんでしょ?」
「普通に会いに来ただけだ」
「どうだか」
脛に傷を持つ女。
彼女自身、自覚しているようで、八つ当たりでもするかのように、彼にきつめの言葉を叩きつけていた。
「色々あったんだろ? 大変だったな、佳菜子」
「まぁね」
彼から佳菜子と呼ばれた彼女は、地元の大学を卒業してから、生まれ育った街を出て行った。
それから、六年あまりが過ぎ去った。
「こんな田舎嫌だって、東京行って、そんでどうだった?」
「最悪だったわ。ろくなことがなかった」
「そうか」
「部屋は狭いし家賃は高い。空気も悪いし電車は混むし、こっちと違って魚も水も全然おいしくない」
そんなことは、最初から想像がついていたことだ。
自分を変えてみたかったのだ。だから両親の反対を押しきって都会に移り住み、仕事をして、男を見つけた。
「真面目そうな男だって、そう思ったんだけどね」
まるで見る目がなかった。世間知らずだった。完全に失敗だった。今では後悔しか感じない。
大丈夫だろうと思っていた。人となりを、慎重に見極めたつもりだった。
「本性を現しちゃってさ」
佳菜子が会計関係の会社に就職してから数年。職場の同僚と付き合い始め、やがて結婚した。
そして佳菜子はすぐに、自分の選択が間違いだったことに気付いたのだ。
「酒、タバコ、ギャンブル依存症。サラ金に借金に浪費に浮気。おまけに暴力と暴言。何でもござれね。典型的なダメ男だったわ」
「ついてなかったな」
「そうね」
惚れた弱味か。たとえそんな最低男でも、佳菜子はどうしても見捨てることができなかった。
それもまた、間違いの一つだったのだ。冷静に考えてみれば、自分もきっと、依存症になっていたのだろうとわかる。
「ダメ男にはダメ女がくっつくものね。お似合いだったのかもしれないわ」
辛い日々が続いた。
けれど。ある日突然、結婚生活は破綻したのだった。
最初のコメントを投稿しよう!