お試し期間から始めるラブストーリー

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「なぁ。俺と付き合えって」 「嫌よ」  雑談のついでに口から出たかのような、緊張感の欠片もない告白。  それに対して、あっさりと拒絶する彼女。とてもつれない態度だけど、お互いに見慣れた、いつものやりとり。  二人とも、二十代後半といったところ。彼は身長が170センチを超えていて、肉体労働でもしているのか、ガタイが良かった。 「相変わらずだな」 「そうよ。悪い?」  彼女は細身で、整った顔立ちをした美人だった。  けれど、どこか物憂げな表情で、疲れているように見える。  ――ここは、海の近くにある田舎街。  幼馴染みの男女が、夕暮れ色に染まる道を散歩しながら、久しぶりの会話を楽しんでいた。 「私を笑いに来たんでしょ?」 「普通に会いに来ただけだ」 「どうだか」  (すね)に傷を持つ女。  彼女自身、自覚しているようで、八つ当たりでもするかのように、彼にきつめの言葉を叩きつけていた。 「色々あったんだろ? 大変だったな、佳菜子(かなこ)」 「まぁね」  彼から佳菜子と呼ばれた彼女は、地元の大学を卒業してから、生まれ育った街を出て行った。  それから、六年あまりが過ぎ去った。 「こんな田舎嫌だって、東京行って、そんでどうだった?」 「最悪だったわ。ろくなことがなかった」 「そうか」 「部屋は狭いし家賃は高い。空気も悪いし電車は混むし、こっちと違って魚も水も全然おいしくない」  そんなことは、最初から想像がついていたことだ。  自分を変えてみたかったのだ。だから両親の反対を押しきって都会に移り住み、仕事をして、男を見つけた。 「真面目そうな男だって、そう思ったんだけどね」  まるで見る目がなかった。世間知らずだった。完全に失敗だった。今では後悔しか感じない。  大丈夫だろうと思っていた。人となりを、慎重に見極めたつもりだった。 「本性を現しちゃってさ」  佳菜子が会計関係の会社に就職してから数年。職場の同僚と付き合い始め、やがて結婚した。  そして佳菜子はすぐに、自分の選択が間違いだったことに気付いたのだ。 「酒、タバコ、ギャンブル依存症。サラ金に借金に浪費に浮気。おまけに暴力と暴言。何でもござれね。典型的なダメ男だったわ」 「ついてなかったな」 「そうね」  惚れた弱味か。たとえそんな最低男でも、佳菜子はどうしても見捨てることができなかった。  それもまた、間違いの一つだったのだ。冷静に考えてみれば、自分もきっと、依存症になっていたのだろうとわかる。 「ダメ男にはダメ女がくっつくものね。お似合いだったのかもしれないわ」  辛い日々が続いた。  けれど。ある日突然、結婚生活は破綻したのだった。
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