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会社の更衣室にて、佳菜子の体中についた痣を同僚に見られたことが、発端だった。
元旦那によるDVの事実が発覚し、公の目に晒されたのだ。
それまで、佳菜子は体についた痣を誰にも見られないようにしてきたのだが、逆にそんな姿勢が、周りからは不審に思われていたのだった。女子社員達のチェックは、探偵のように厳しかったというわけだ。
「みんな心配してくれただけなんだけどね」
会社の人達が『どういうこと?』と、元旦那を問い詰めた。すると、事もあろうに、元旦那は逆上したのだった。
自分は悪くない。悪いのは全て、何から何まで至らない佳菜子のせいなのだと。
誰が聞いてもあまりに理不尽で、支離滅裂な暴言の連続だった。
更に、元旦那が暴れたことで、事は予想外に大きくなり、警察沙汰になってしまった。
結局、元旦那は傷害の容疑でお縄になった。
一人取り残され、佳菜子は呆然とするだけだった。
……それから先も、いろいろなことがあったけれど、離婚することになった。
自分に非はなかったにしても、騒動を起こしてしまったことにより、佳菜子は職場に居づらくなり、退職した。
何もかもが嫌になった佳菜子は、田舎に帰ることにした。
何もなくて退屈な故郷に。
「子供産んでなくて、よかった」
それだけは救いだった。父親が最低なクズ男だろうと、子供に罪はない。ましてや運命を狂わせたくはなかった。可哀想な目に遇わせることがなくて、本当によかった。
「そうだな」
だから俺を選べばよかったのに。と、言われているような気がして、佳菜子は面白くなかった。単なる被害妄想だったが。
「あなたも同じなんでしょ? 調子のいいことばかり言って、いざ付き合い始めたら、豹変するんでしょ? 思いっきり裏切りそうな名前してるしさ」
「うっせぇな」
彼女は唐突に、彼の名前を指摘した。
彼の名は、小早川光秀といった。
まさに、両親がふざけてつけたんじゃないかと思っても仕方がないような名前だ。
「自分でつけたんじゃない」
言わずと知れた、日本の歴史上でも最も有名な裏切り者達の名前。戦国武将の小早川秀秋と、明智光秀が由来。
「嫌がらせだよな。この名前」
「そうかしら? あえて子供に不吉な名前をつけて、魔除けにするとか。そんな信仰もあるみたいだけど?」
彼にとってそれは、余計なお世話というものだ。
「お陰で俺はガキの頃、小早川=カイン=光秀と、ミドルネーム付きで呼ばれていたんだぞ? 周りから」
「誰よ? カインって」
「とあるレトロゲームのな。よく裏切るキャラクターの名前」
そんな、とりとめのない会話が続く。
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