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遠くの方に見える山に、日は沈もうとしていた。
「ねえ。前から聞きたいと思っていたんだけどさ」
佳菜子は立ち止まる。そして、光秀に向き合って、問いかけた。
「私のどこがいいの?」
性懲りも無く佳菜子に告白をしては自爆を繰り返す光秀。
「他に好きな人、いないの?」
光秀は今、誰とも付き合っていない。そしてまた、こんなところで佳菜子に告白をしている。何で? と、佳菜子は思った。
「いろいろあるけど。そうだな」
足元の小石を軽く蹴飛ばしながら、光秀は口を開いた。
「気兼ねしないところ、かな」
そして、更に答える。
「俺は、お前以外の女に興味はないよ」
「私、バツイチだよ? 男を見る目のないバカ女。それに、身体中青痣だらけ」
「そんなこと、どうでもいい」
「……」
「結婚するなら、お前しかいないって思ってた。でも、お前が東京行って他の男と結婚したっていうから、幸せになって欲しいなって願ってた。そんな悲惨な事になっていたとは、知らなかったよ」
助けてあげられなくてごめんと、言われているかのようだ。
「さすがに俺も、旦那がいる人妻にメールだの電話だのするのは憚られるさ。間男か、ストーカーにでも間違われるだろうし」
それはそうだろう。もっと早く事実を知ったらきっと、光秀は佳菜子を助けに行ったことだろう。
唐突に、話題が変わる。
「それよりさ。誰かに聞いたか? 俺さ。少し前に、近くに中古の家を買ったんだ。まあ、安普請だけどな」
「へえ? すごいじゃない」
初耳だった。
「この数年間、働きまくったからな。ローン組まずにキャッシュでいけたぜ」
それは、俺と一緒に暮らそうよというお誘い。正面からのアタックがダメならば、変化球だ。手段は選ばない。
「同じ轍を踏みたくないんだろ? DVなんて、断じてしないって約束する」
光秀は、酒をそんなに飲まないし、煙草は一切やらないし、ギャンブルもしない。借金もなさそうだし、本当に物堅い男だと佳菜子は思った。
「……嫌になったらすぐに、実家に駆け込めばいいさ」
この街を出る以前。佳菜子は、光秀のことを生真面目で面白味がないとか、地味だとか思っていた。
自分を棚に上げ、純朴な田舎者だと、心のどこかで馬鹿にしていたのかもしれない。
けれど、今は違う。
上部だけじゃない。本当に優しい人なのだと、ようやく気付かされたのだった。
どうしてこんなに、時間がかかったのだろう?
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