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「まずはさ。お試し期間てことで、三ヶ月から始めてみないか?」
「なにそれ? 新聞屋の勧誘?」
どこかとぼけたお誘いに、佳菜子の表情が緩む。ああ、確かに気兼ねしない。心地良い関係だ。
「もしかして、男性不審にでもなっちまったか?」
違う。と、佳菜子は左右に首を振る。
「そんなことはないよ。男も女も色々だし。ただ単に、私が選んだ男が最低すぎただけ。それはわかっている」
僅かに風が吹き、佳菜子の髪を揺らした。
そんな中。光秀は改めて、告白をしたのだった。
「なぁ。俺の女になってくれよ」
光秀の思いを受け入れたい。けれど、できないと佳菜子は頑なだった。
「俺のこと、嫌いなのか?」
違う。そんな事はない。
「嫌いじゃないよ。でも、だめ。……だめに決まってるじゃない」
「何でだよ?」
世間体とプライドが邪魔をする。そして同時に、光秀に対して申し訳ない気持ちが込み上げる。
「私。つい数週間前に離婚したばかりなのよ? それなのに、心が折れてる時にちょっとばかり優しくされて、それでひょいひょい男を取っ替えたら、どれだけ尻軽な女なのよ? 最低よ。そんなの」
ああ、と光秀は思った。
いける。これは今までにない、悪くない感触だ。長い間諦めなかった不屈の思いが今、報われようとしている。
「そんなこと、気にすんな。もし、気になるってのなら、俺はお前がいいというまで、何年でも待つぞ。それでも嫌か?」
佳菜子の気持ちが落ちつくまで、待つ。恋人でも、夫婦でもない関係。ルームシェアにおける、単なる同居人。そんなのでもいいと、光秀は言った。
「どうして」
「うん?」
「どうしてそんなに、優しくしてくれるのよ?」
戸惑い、立ちすくむ佳菜子。
その姿は、光秀にはとても儚く見えた。
「ずっと、好きだったから」
いつしか光秀は、佳菜子を抱き締めていた。
痣が痛まないように、軽く、優しく、そっと触れるだけ。
「よく、帰ってきてくれたよ。辛かっただろ?」
「うん」
少しずつ、心と体の傷を癒してもらおう。この人の側でと、佳菜子は思った。
「我が侭ばかりで、ごめん」
「いいって。俺とお前の仲だろ?」
佳菜子は少ししゃくりあげ、唇を噛みしめる。
「お前の良さがわからない最低野郎のことなんか、忘れちまえ」
「うん……」
ぽろぽろと落ちていく雫。気付くと佳菜子は涙をこぼしていた。
「私、あなたの思いを平然と、ずっと無視してきた」
いつだって光秀は、真剣だったのだ。それなのに、自分は適当にあしらった。
「どうしようもない最低女なんだよ? それでも、いい?」
「もちろんいいさ。今、振り向いてくれたじゃないか。最高の女だぜ?」
「あなたの時間、いっぱい無駄にした。心も、傷つけた」
「こうなるのに必要な時間だったんだ。それに、傷ついちゃいないぞ? 何度断られても、不死鳥のように復活するからな、俺は」
にかっと笑う光秀。
明るい笑顔に、佳菜子は救われる。
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