37人が本棚に入れています
本棚に追加
「……家具。何もかも嫌になっちゃって、ほとんど全部捨てちゃった。新しいの、買いに行ってもいい?」
「勿論だ。ユトリにでも、行ってみるか?」
「私。男の人、ちょっとだけ怖くなってる。トラウマになってる……かも」
それも、当たり前のことだ。
「あ、ごめん。抱き締めたりして、悪かった」
「あ、ううん。それは大丈夫」
不快な気持ちはまるでしないけれど、密着が解かれた。
「お前がいいって言うまで、何もしない」
「ありがと」
張りつめていた気持ちが緩んでいく。
佳菜子はやっと、本来の自分に戻れたような、そんな気がした。
「じゃ、決まりだな」
「うん」
交渉成立。
「おじさんとおばさんに挨拶しないとな。……って。一体、何て説明すりゃいいんだ?」
「付き合い始めた。で、いいよ。そういうことにして」
他人に、細かい事情を説明するのは面倒だ。この特殊な関係は、自分と彼だけが知っていれば、それでいい。
どのみち、遅かれ早かれ、彼ともっと親密に……一緒になるのだから。
「いいのか?」
「時間がたったら、私の方から改めてあなたに、お願いするから。お付き合いしてって。でも、今は……ごめん」
伝えるのは自分の役目だ。佳菜子はそう決めていた。
「わかった」
心と体の傷が癒えるまで。時間の問題だとわかっている。
それでも今は、あえて曖昧な関係でいさせてと、佳菜子は願った。
「帰るか。暗くなってきたし」
「うん」
二人は、来た道を戻っていく。
「ねえ光秀」
「何だ?」
「裏切らないでよ?」
佳菜子はじとーっとした、ちょっと半開きの眼差しで、光秀に釘を刺した。
「裏切らねぇよ。んなことしたら、おじさんとおばさんに袋叩きにされちまうよ。娘になにするんだって」
「そして村八分、と」
「勘弁してくれ」
軽口をたたき合いながら、二人は笑顔。
――お試し期間からの、リスタート。
今度はきっと楽しくて、幸せな日々になるんじゃないかなと、二人は揃って思うのだった。
最初のコメントを投稿しよう!