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マインド・メッセージ
三月も後半に入ったというのに、まるで冬のように寒い。昨日から降り続く雨は、屋根を叩きつけて、その勢いを弱めることはなかった。川野咲は、かじかんだ手を白い息で温めると、湿気を含んだ教科書を急いで紐で結んだ。
目の前には、もう必要なくなった教科書が山積みにされていた。高校三年間大切にとっていた教科書を少しずつ白のビニール紐でくくりながら、明日の資源ごみの時を待つ。
とうとうこの日がやってきたんだ、と咲は思った。第一志望の大学合格発表の次の日まで、この作業はとっておこうと決めていた。心が晴ればれとした記念日に、部屋も一緒に晴ればれとさせよう。まさか、こんな気分で片付けをするとは思っていなかった。
昨日の午前、目を輝かせて開かれたパソコンは、その後、勢いよく閉ざされた。もう一度開かれる時を待って机の上にひっそりとしている。
咲は最後の束を山の上に積み上げると、机上のノートパソコンの前に立った。
「はあ……」
別にパソコンは悪くない。いや、誰が悪いわけでもないのだ。ただ、自分の努力が成果として表れなかっただけ。今まで頑張ってきたけど、それでも力不足だったというだけ。
咲はパソコンを開いて電源を落とした。昨日から電源がつけっぱなしの状態だったので電池はかなり消耗していた。両腕で抱えると、底の部分は服を通しているにもかかわらずとても熱い。
「あ、咲、ちょうどよかった」
階段を降りリビングに入ると、母、川野瞳の声が聞こえてきた。
「ちょうどよかった。今ごはんができて、呼びに行こうと思ってたの」
咲は無言でパソコンを定位置の台にのせた。
「今日もあんたの好きな唐揚げよ」
パソコンの充電プラグをコンセントに差し込んだ。あれ、そういえば、昨日も唐揚げだったような……そんなことを心の中でつぶやきながら。
「今日も唐揚げなの?」
ちらっとテーブルを見た。揚がったばかりの唐揚げが食卓の中央を飾っている。
「ええ。好きでしょ? 唐揚げ」
「そうだけどさ……二日間はさすがに飽きちゃうよ」
これも私に対する気遣いなんだな。椅子に座ると一番に唐揚げをほおばってみせた。カリッと口の中で音がしてじゅわっと肉汁があふれ出た。
「いい食べっぷりね」
母は満足そうだ。
「ところで、教科書の片付けは終わったの?」
「うん、あとは出すだけ」
「明日は可燃物もゴミ出しの日だからね、大変だわ。プリント類も全部捨てちゃうの?」
高校三年間貯めにためたプリント。受験勉強に使えるからと先生に言われて、ずっと捨てずに残しておいた。それらももう役目を終えた。
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