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次の瞬間、背後から咲の首元を太い腕が挟んできた。白い、筋肉質の左腕だ。もう一方の腕は手に鋭い刃物を持っている。
鋭い刃物が視界の端に入り、その刃物は首元に向いているではないか。
「サキちゃん!」
リテラのその声は叫びに近かった。それと同時にリテラの両手が前に突き出た。
異民族の男はわけのわからないことを言いながら、顔をリテラに向けている。『おとなしくしないとこの女を殺すぞ!』とでも言っているのだろうか。
リテラは左手の人差し指をピンとたてた。男に向けて指差している。
また男が短い言葉で何かを言い放つ。しかし、リテラの目の先は、咲の首元に向けられた刃物だ。
リテラは人差し指を小さく振った。
「リテラ?」
突然首元につきつけられている刃物が、小さく、バキッと音をたてた。その音に咲と男が目を向けると、そのころには刃物はもはや刃物ではなくなっていた。鉄製の刃は緑の煙とともに粉々の破片となり、砂のように地面にこぼれ落ちた。男の持っているものは、ただの柄だった。
男は目を丸くした。左腕の力が一気に抜けた。それを感じ取ると咲は男の腕をふりほどいた。リテラの後ろに逃げこんだ。
男はじっと柄を見つめている。鉄の粉は風に流されてとっくにどこかへ消えてしまった。
相手がポカンとしている間に、リテラは右手を勢いよく下にむけて前に突き出した。すると、男の足元の地面が大きく崩れ、土がむき出しとなり、男の足はすくわれた。
「今だよ! サキちゃん逃げよ!」
リテラは咲の手首を掴んですぐに走り出した。どこに逃げるともなかった。ただ前に走った。だが、後ろから異民族の男が追ってくることはない。
「追いかけてこないよ」
咲の言葉はリテラに聞こえていないらしい。リテラは全速力で足を動かし、咲もそれに引っ張られた。
花壇のある広場まで風のようなスピードで来て、リテラの足はようやく止まった。
「はあ、はあ……追ってこないみたいだね」
リテラはもちろん、咲も息切れしている。
「そうだね……。リテラ、さっきはありがとう」
ありがとうと言った時、リテラの顔はうっすら赤くなって笑ったようにも見えた。
「うまく切り抜けられたね」恥ずかしそうにいう。
「ねえ、リテラは何でも壊せるの?」
鉄まで破壊したり、粉々にしたりする。
リテラは少し困った顔をした。
「うーん……まあ、そうだね。幼いころは鉄なんて壊せなかったけど」
「今日で二回も助けられちゃったもんね」
リテラは純粋に笑った。またすこし頬を赤くして。
「こんな形で破壊魔法が役に立つなんてね。人を助けるために使うのは初めてだよ。いつも……厄介者だからね」
咲は黙ってしまった。返す言葉が見つからなかった。
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