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「それよりサキちゃん、北のほうに行こ!」
「え? 北って一番危ないよ?」
だって、じっとしていられないもん。リテラはぼそりとつぶやいた……。
「キャー!」
どこかで悲鳴が上がった。女性の声だ。
「ほら、北のほうだよ! 行こ!」
リテラは北に向かって一人で走り出した。
「リテラ!」
広場を出て、その声の主は見つかった。咲は追いかけるリテラの前方に、座りこんで後ずさりする女性と、刃物を突きつける異民族の男が見えた。
「あっ、あの人……」
前を見つめながらリテラはつぶやく。二人とは距離がある。女性の顔は青ざめていて、目を刃物の先端から離せない。リテラと咲が近くに寄っても気がつかないようだった。
リテラは静かに両腕を斜め下に向けた。そこはちょうど男の足元。足元の地面に狙いを定めるように。
咲はリテラの後ろで何もできないまま、ただ三つの様子を観察していた。異民族の男は女性に鋭い刃物を突きつける。女性は家の外壁に背中をぴったりとつけている。一方でリテラが両手を構えている。
ついに異民族の男は刃物を持つ右腕を振りかざそうとした。女性は両手でせめて顔だけでも守ろうとし、強く目をつむる。
と、同時に破壊音がした。
男は緑の煙に飲みこまれ、地面の崩落に巻きこまれた。一瞬のうちに男の姿が消える。
リテラの息づかいが咲の隣から聞こえる。はぁはぁと、長距離を走った後のように息切れしている。
女性は音に驚いて目を開いた。目の前にいたはずの男がいない。かわりに地面に穴ができている。
まず始めに「え?」と声が出た。次に、周囲を見渡した。ここで初めてリテラの存在に気がついたのだ。女性は両手を突き出しているリテラを不思議そうに見つめた。
「あれ、あなたは……」
リテラから目を離さない。女性はよろよろと壁伝いに立ち上がった。
「リテラちゃん……?」
リテラは腕をおろした。ふうと息を吐き出した。
「……うん」
「えっ、知り合いなの?」
咲はリテラの耳元でささやく。
「まあ……そうだね。シュウのお母さんだよ」
シュウの母親はゆっくりとリテラに近づいてきた。気にしているようで何度か穴を振り返った。それに対して、リテラは一歩ずつ下がった。
シュウの母親が一歩歩み寄ると、リテラはその歩幅分後ろへ下がってしまう。シュウの母親はついに足を止めた。リテラのほうを真っ直ぐ見つめていた。
そして、口を開いた。同時に、リテラの目はギュッと閉じ伏せた。
「ありがとう、リテラちゃん」
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