22人が本棚に入れています
本棚に追加
落ち着きのある声で発せられたこの言葉。初めてリテラは相手の目を見上げた。
「助けてくれて、ありがとう」
すこしの間リテラは相手のほほ笑んだ顔をぼんやり見つめていた。
しかし、また目を慌ててそらしてしまう。
「……よかった」
すると家の反対側から、「母さん、母さん!」と男の子の声がした。その声を聞くとリテラは咲の手首を掴んで急に走り出した。
北の通りへ、風のように駆け抜ける。
「リテラ、リテラ!」
リテラは咲の何度かの呼びかけで、ようやく足を止めてくれたようだった。
「リテラ、ありがとうって言われたじゃん。よかったね」
「あの人に感謝されたことなんて一度もなかった」
「もう少しで危なかったもんね」
「うん……」
リテラは首を垂らし小さな声でつぶやいた。
「……よかったのかな」
「なにが?」
リテラは顔をうつむけて、栗色の髪で目を隠していた。
「私が町の人の前で魔法使っても」
ゴクリ、と咲は思わず息をのんだ。
「よかったと思うよ」出てきたのは、とても単純に思われるものだった。
「ほ、本当に?」
「だってリテラ、町の人を助けたんだからさ。とてもいいことをしたんだよ」
リテラは顔を上げた。
「そ、そうなのかな?」
笑顔でうなずく。
「そうだよ」
すると、にこっと、リテラの顔に笑顔が戻ってきた。
「よかった」
不安の中から外に抜け出たように、その笑みは晴れやかだった。
「サキちゃん、北門に急ごう」
そして小さな声でつけ足した。
「町とみんなを助けなきゃ」
咲は大きくうなずいた。
「そうだね。急ごうか」
北に向かって走り出した。目指すは北門。近づくにつれ、異民族の数が増えていく。家が壊れているし、その壁にもたれかかって傷ついた町人が休んでいる。
北の壁から、異民族が、町の中へロープで降りるのが、確認できるようになるくらいまで近づいた。
最初のコメントを投稿しよう!