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「え?」
驚いたのはリテラだけではない。同時に咲からも声が上がった。
「どういうこと?」
「高く作ってあるから、効果があるんだ。一瞬で粉々になったら、どうなる? おそろしいだろう。そうすれば、この町は危険だと思って逃げる」
父親の顔は真剣だった。……とても冗談を言って、笑いをとろうなんて全く考えていないようだった。
「今、あの壁のてっぺんまで異民族が登ってきているだろ?」
「うん」リテラは壁を伝う異民族を見ている。
「それで、ロープから地上に飛び降りてくるんですよね?」
父親は二人の顔を見てうなずいた。
「ああ、そうだ。そこで、もし突然壁が粉々に壊れたら……どうなる?」
父親の言葉を、リテラはじっと聞いていた。
「それは……怖いと思う、急に壁が粉々になったら。あと、けがどころではないよね」
「その通りだ」
「でもさ……」
リテラは壁から父親の顔に、目を移した。
なんだか腑に落ちない様子だ。
「本当に壊しちゃってもいいの?」
「それしか手段が見つからないんだ。やつらに恐怖を与え、町を乗っ取るやる気を削いで、一気に撃退できる方法はな」
お父さんは言葉を続けた。
「この町の人たちは材料を使ってものを作ることしかできない。今、この町を危機から救えるのは、リテラ……お前だけだよ」
「お父さん……本当にいいのね?」やっぱりリテラはなかなか納得しようとしなかった。せっかくみんなで壁を直したのに、と言葉を漏らす。
「……リテラ、頼むよ。この町を救ってくれ」
リテラは体の向きを変えた。壁と北門を正面にして向かい立った。
ゆっくりと両手をのばす。五本指を開いて、腕を少し斜めに広げる。リテラの手は巨大なレンガの壁に向けられた。
異民族たちはリテラの様子に気がついていないようだ。この町の人間はものを作る力を持っているらしい、そのことしか知らないのだ。まさか、ものを壊す力を持っている女の子がいようとは、またその子が、自分たちがいる壁を崩壊させて突き落とそうとしていようとは、考えもしないだろう。
「じゃあ……いくよ」
ふう……
リテラは深く呼吸を整えた。
一度目をつむって、心を落ちつける。
ゆっくりと、まぶたを開けた。その瞳は十二才の子どもとは思われない、強い眼差しに変わっている。栗色の髪の毛が風に乗って、旗のようになびいた。
目を動かさないまま、リテラは肘を曲げ、手のひらを押しだすように、勢いよく前へと突き出した。
今までに使ったことのない力……今までに聞いたことのない音……今までに見たことのない景色……。
その瞬間、すべてがぼやけて見えた。疲れからなのか、自分の放つ緑の煙が立ちこめているからなのか。
ただ見えるのは、辺りを覆いつくす緑の煙と、舞い上がる粉と、多くの人影。
いつもならこの時間に差し込まないはずの太陽が、リテラを、町を、照らし出す──
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