22人が本棚に入れています
本棚に追加
「もちろん。残しておいても仕方がないからね」
「教科書や単語帳も、全部捨てちゃうの?」
「英語と古文の単語帳は残しておく。大学で使うかもしれないからね」
大学。
そうだ。私は第一志望の大学には行けなかったけど、第二志望の大学には行けるのだ。学部名は同じだし、学ぶことだってそんなに大差はないはずだ。
「他は全部捨てちゃうの? なんかもったいないね。お母さんも咲を見習って勉強しようかな」
「えっ」と言おうとして、口に含んだみそ汁を思わず吹き出しかけた。
「世界史の資料集なんかいいんじゃない? 世界遺産の写真とかたくさん載ってるよ」
文字ばかりじゃないからお母さんにもわかりやすいんじゃない? それはなんとなく言うのをやめた。母は勉強が嫌いなはずだ。自分から『勉強したい』なんてどうかしている。昨日今日の二日連続唐揚げといい、娘に気を遣っているということがはっきり伝わってくる。咲にとってみれば、いつもと違うそんな母をありがたいと感じながらも、少しだけ心苦しかった。咲はごはんを運ぶ箸をはやめた。
「お母さん、咲みたいに勉強好きじゃないし、賢くないから、ちょっと教えてもらおっかなぁ」
「やめてよ、賢いなんて」
咲は口の中の唐揚げを急いで食べる。
「第一志望……落ちちゃったんだから」
食卓に吹いた暖房の風が妙に生ぬるく感じられた。
母はお茶を飲むと、重たそうにくちびるをひらいた。
「確かに、咲はずっとあの大学に行きたくて頑張っていたからとても残念だったけど、第二志望の方には入れたのよ? よかったじゃない。お母さんね、大学なんて考えたこともなかったから、咲が大学に行けることが決まって、とても誇らしかったの」
咲は母親をちらりと見て、すぐに唐揚げを口にほおばった。
「昔からあんたは本好きで、勉強好きで、何事にもいつも一生懸命で。そういうお父さんのいいところばっかりもらってるんだから」
咲は唐揚げを飲みこむと、のどに詰まりかけた分をお茶で流しこんだ。
「本好きって、お父さんみたいに部屋にこもって小難しい本なんて読んでないよ」
「あれ、そうだっけ? 昔はよくお父さんの隣で本を読んでたじゃない」
白いご飯の最後の一口を食べ、咲は席をたって、食器をシンクに置く。
「それは子どもの頃の話。おとぎ話かなんかを読んでたに決まってるじゃん。お父さんの真似をしてみたかっただけ」
その時母はくすっと小さく笑った。それが咲の耳に届いた。
「そういえば、昔はおとぎ話が大好きだったよね。同じ本、何度も読み返してたっけ」
「私だけが、特別おとぎ話が好きだったわけじゃないでしょ。小さい女の子なんて、みんな、魔法だの人魚だのようせいだのそういった類のものが好きで、『将来プリンセスになりたい!』なんて、非現実的なこと言うんだから」
最初のコメントを投稿しよう!