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咲はもう高校三年生だ。この世にそんなものあるはずがないし、すべて誰かの作りものだということも知っている。たとえ大昔にはあったとか、そういう伝承があるとか言われても、どうやって信じるというのだ。おとぎ話の中にプリンセスが出てきて『私もプリンセスになりたい』とかいう女の子がいるけれど、王家に嫁として入れるなんて、到底無理な話だ。
「昔はあんたもそういうことが大好きだったのにねぇ。いつのまに現実味の帯びたことを言うようになったのか」
「当たり前でしょ。もう高校三年生……いや、四月から大学生なんだから」
すると母は大事なことを思い出したように、手を叩いた。
「それにそれに、子どもの頃はお友達と一緒に『おはなし』なんかも作っていたのにね」
「……」
言葉を返すのをやめた。なぜだか、無性に母が腹立たしく思えてきた。いったい母が何を伝えようとしているのかわからなかった。こんな昔の小さい頃のことを話題に出してくるなんて、昔やっていたことを今更からかっているのだろうか。
それとも、幼いがゆえに気がつかなかった事実とそれへの後悔をもう一度思い出させようとしているのだろうか……。
「そんなの、『子どものお遊び』でしょ!」
咲はそう言い放った。
一息ついてから、もうこの話題に決してもどらないように話を変えさせた。
「それにお母さん、さっき私を勉強好きだって言ったけど、そういうわけじゃないから」
母は箸で唐揚げを挟んだまま、呆然と咲を見つめていた。咲がわざと話題を変えると、はっと思い出した様子で唐揚げを口に運んだ。
「どういうこと?」
「私は受験のために勉強していたの。もっと言えば、他にやりたいことも好きなことも特にないから勉強に打ち込んでいただけなの」
「大学に行きたいってことは、勉強をもっとしたいってことでしょ?」
「それは、学びたい学部の勉強のことだよ。私は心理学部に行くための勉強」
咲はテレビのバラエティ番組が気分に合わなくて、チャンネルをニュース番組に変えた。
「ふーん、そっか……」
ぼんやりと娘の様子を見ながら、母も食べ終わって、シンクの食器を洗い始める。
大学に入れば、自分の学びたいことだけを学べる。咲にとって勉強に打ち込んだのは、この大学受験を乗り切るためほかならなかった。苦手教科で足を引っ張ることのないよう。すべては第一志望校に合格するために、高校生活三年間をほとんど勉強に費やしてきたのだった。もちろん部活動にも入部した。しかしそこでの人間関係になじめず、だからといって進路に悪影響が及ばぬように部活をやめることはせず、そこでの仲間とはなんとなく上辺だけで付き合って、三年生になったと同時に引退した。三年生になるとさらに夜遅くまで勉強するようになって、休日も返上して勉強した。家族が盆や正月に田舎の祖母の家に行くときだって、一人で家に残ってがんばった。
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