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俺は車から降りて、助手席のドアを開けた。
手招きすると、母は「余計な世話だ」とでも言いたげに、頬を怒りに上気させながら、無言で車から降りた。
人気のない橋の上を、並んで歩く。ちょうど真ん中の辺りで足を止め、柵の向こうへ目を向けると、山の陰に沈む夕日が、空を美しく照らしていた。
俺は柵にもたれ掛かり、母を振り返った。
「プロポーズされたのって、こんな感じの場所?」
「だから、よく覚えてないってば」
「景色に見覚えとかないの?」
「山とか川とか夕日とか、どこで見たって同じようなモンじゃないの」
母の顔は相変わらず不機嫌そうで、口調もふてぶてしい。腕を組んで、斜めに構えるようにして立っている。
俺は「ふーん……」と曖昧に相槌を打って、しばらく景色を眺めていた。
夕日のオレンジ色と、薄闇色のグラデーションに染まる空を見つめながら、俺はぼんやりと、若き日の母がプロポーズを受けた時のワンシーンを想像した。
米農家の長男とやらは、きっと母のこういうツンツンしたところを、『可愛い』と思うようなタイプの優男だったに違いない。
こんな見事な夕焼けの中で母と肩を並べていたら、思わずその体を抱きしめて、想いを打ち明けたくなったのかもしれない。
その時、母はどんな顔をしていたのだろう。
母だって、本当は嬉しかったんじゃないだろうか。
でも、素直じゃない人だから、きっとその人を抱き返すこともできずに、黙って全身を強張らせていたんだろうなあ。
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