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花 の 雨
朝霧の間に鹿の声。
春日の神の目覚めに
相伴したような清々しさに
二階堂秀明は安堵していた。
(久しぶりによく眠った・・・)
少し長い奈良出張の
初日の朝を迎えた秀明の
起き抜けの感想を
ホテルの朝食の席で、
友人の湯田蓮司に言うと
「なんだよ?家じゃあ
熟睡も出来ないのかい?
大変だなあ、所帯持ちは。
ハハハハハ」
蓮司は愉快に笑った。
同じ四十歳、同じ会社で
建物の設計をしている二人。
違っているのは、
秀明には同い年の妻と
小学三年の女児と幼稚園に
通う五才の男児がいること。
対して蓮司のほうは
気楽な独り身であること。
「まだ二階堂はいい暮らしだよ。
一回り下の大垣なんざ、小遣いは
三万円ポッキリの飲み会は
二ヶ月に一度、門限は八時だぜ」
「子供が三才に八ヶ月じゃ
金も掛かるし、育児に手も
かかるさ」
「バカだね~女にノセラれて
早々に結婚なんかして
しまうからさ、給料も
そんなに増えてもないのに」
愛想笑いで秀明は返す。
秀明にとって幸いなのは
親譲りの地所が都内にあって
食うには困らない。
特に趣味などないけれど
多少の付き合いや余暇は
充分楽しむことは可能。
ただ・・・最近、
子供達が成長するにつれて
なにやら限度を越えている
妻・敦美の“お受験熱”や
“ママ友“付き合いには
うんざりしているところだった。
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