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《プロローグ》
地球歴2455年、日本人の脳から「日本昔話」の記憶が失われつつあることが発見された。「日本昔話」は日本人が日本の国土と交わる中から自然発生した人と国土の「共有神話」。それが失われることは、日本人とその国土が地球上から消滅することを意味した。
地球歴2465年、時空に裂け目が生じ太陽系の並行宇宙に存在するラムネ星への通路が開けた。ラムネ星人は地球人とほぼ同じ身体と生態系を有していた。そして、地球上から日本人とその国土が失われる時、ラムネ星で同数のラムネ星人と同面積の大地が失われることが判明した。
地球歴2485年、ラムネ星歴2971年、地球連邦政府とラムネ星中央政府の間で「日本昔話再生支援協定」が結ばれ、ラムネ星に「日本昔話再生支援機構」が設立された。同機構の目的は、過去の日本人そっくりでかつ様々な動物や物体に変身できるクローン・キャストを作り、時空の裂け目を通して「むかし、むかし、あるところ」の日本に派遣して「日本昔話」を再生することである。
こうして、ラムネ星から時空の裂け目を通して地球に飛び昔話を再生するクローン・キャストたちの悲喜こもごもの奮闘が始まったのだった。
《時の彼方で、ついてねぇ~》
あたしの名前は、小梅。梅の季節に人工胎内システムから取り出されたから、小梅。名字はない。クローンだからね。
小梅ってのも、「日本昔話再生支援機構・クローン養育所」であたしの面倒をみてくれた「マザー」たちがつけてくれた愛称で、あたしのほんとの名前は、「M2108」。Mは「昔話のM」、2108は「日本昔話再生支援機構」のクローン製造番号。ベタなネーミングよね。わかりやすいっちゃ、わかりやすいけど。
あたしは、太陽系の地球って星の並行世界ラムネ星に住んでる。あたしたちは、この地球の日本って国とそこの人達を助けるために日本人に似せて作られたクローンなの。
どんな手助けかって?あたしの世界から、日本の「むかし、むかし、あるところ」に飛んでって、「日本昔話」を演じてやるの。
そのためのクローンのキャストをつくり、育て、訓練するために「日本昔話成立支援機構」があって、あたしは、そこのクローン・キャストってわけ。
えっ、なんで、クローンがキャストを務めるかって?
そりゃ、特殊能力が必要だからよ。「日本昔話」では、ツルやキツネが人間に化けたり、動物が人間と話したりするでしょ。あたしの遺伝子には、10種類の動物の遺伝子が組み込まれてて、自由に変身できる。
容貌? あぁ、あたしの顔が日本人に見えるかってこと? ラムネ星と地球は並行世界だから、地球の色んな民族と同じ容姿の人間がいる。
あたしの遠い先祖は日本人と同じ容姿の人間の中から選ばれた。その先祖の遺伝子に動物の遺伝子を加え、さらに色々と手を加えて作られたのがあたし。だから、見た目は日本人とおんなじよ。
どうして、ラムネ星からはるばる地球まで行って、昔話を演じてやるのかって? そこが、あたしにも、いまひとつ飲み込めない所なのね。
ラムネ星と地球の両方の科学者たちが言うには、日本人の頭から昔話の記憶が失われると、日本人と日本の国土が両方とも消えちゃうんだって。
びっくりするでしょ。「どうして、そのような事が起こり得ましょうか?」って感じよね。あたしが理解できてる範囲で説明するね。
昔話って、むかし、むかし、あるところで、誰の口からともなく語られ始め、ずーっと伝えられてきたものなわけ。
だから、それは、日本人が日本の国土と交わる中から生まれた人間と国土の「共有神話」なんですって。「共有神話」って、あたしが作った言葉じゃないよ。おエライ学者連中がそう呼んでるの。
でね、日本人がその「共有神話」の記憶を失うと、日本人と日本の国土が同時に消えちゃう。なんか、わかったような、わかんないような話でしょ。
だけど、量子・ニューロ・ハイブリッドコンピューターなるもので百万回シミュレーションした結果、この理論が正しいことが証明されたそうよ。
そんな大事な話だったら忘れなきゃいいじゃんって思うんだけど、なんか、日本人の脳が変性してきてるそうで、どんどん、昔話を忘れてってるのね。
昔話の50%が忘れられると日本人と日本が消える予測なんだけど、もう30%忘れられてんだって。
だから、あたしたちが時空転移装置で「むかし、むかし、あるところの」日本に飛んで、昔話を繰り返し繰り返し演じて記憶を補強してやんなきゃいけないわけ。
ところが、忘れっぽいくせして、キャストの雰囲気が変わると気づくのよ。なんか、違う、変だって、言い出す。まったく、面倒くさい連中だわ。
だから、こっちは、同じ役ができるクローンを何十世代分も用意してる。たとえば、あたしは、第三十代「機を織る鶴」、第二十代「屁こき嫁」ってわけ。
さて、今回の仕事は「屁こき嫁」。時空転移装置で、「むかし、むかし、日本のあるところ」に飛んできて、母一人・息子一人の家に親孝行でよく働く嫁として入り込んだ。
姑とうまくやってくのは、大変だったけど、順調にいきだしたころ合いを見計らって、具合悪そうな様子を姑に見せた。姑が「どうしたの?」って訊くから、「実はオナラを我慢してて」と打ち明ける。姑とは仲良くなってたから、「オナラくらい遠慮せず」と言ってくれた。
そこで、特大のオナラを一発。姑を隣の家の畑まで吹っ飛ばしちゃった。ウソでしょって、思うよね。でも、これ、昔話がそうなってるの。あたしは、特大のオナラができるように設計されたクローンなのよ。
夫が「こんなデカイ屁をこく女は離縁だ」と怒り出し、あたしを、あたしが生まれたことになってる村に連れて帰ることになった。「そんなことで離縁?」って思うかもしれないけど、これも、昔話がそうなってるから、仕方ない。
というわけで、今、あたしは元・亭主と田舎道を歩いてる。生まれたはずの村に連れて帰られるところね。ションボリして力なく歩いてる振りしてるけど、身体の中は、これから迎えるクライマックスに備えてアドレナリンがビュンビュン回ってるわ。
おっ、出た、出た。前方で、馬にたくさんの荷物を積んだ中年の男が柿の木を見上げてる。その男は裕福な商人で、馬に背負わせた荷物は高価な反物よ。
さぁ、いよいよここからが、『屁こき嫁』のクライマックス。
商人は、今は柿が欲しくてウズウズしてる。あたしが特大のオナラで柿の実を全部落としてやると、商人は喜んで、反物をいくつもくれる。
柿の実の御礼に高価な反物? 全然割が合わないって? あたしもそう思うけど、昔話がそうなってるの。
あたしの元・亭主は「こんな重宝な嫁を離縁するのはもったいない」と思い直して、たちまち現・亭主に戻り、あたしを家に連れて帰る。
あたしは男の家で末永く幸せに暮らし、メデタシ、メデタシで『屁こき嫁』が完結する。
あっ、でも、本当に末永くやってたら、あたしが年取って他の仕事ができなくなっちゃうでしょ。だから、1年くらいしたら、病気でポックリってことにして、ラムネ星に戻る。クライマックスまでをちゃんと演じれば、あとはアバウトでもいいわけ。
『屁こき嫁』を成立させてラムネ星に戻ったら、昇給とボーナスが待ってる! ウヒヒヒ……
さて、元・亭主が商人に
「どうなさったかね?」
と尋ねる。
商人が、
「この木になっている柿の実があんまりうまそうなので、何とか、落として食えないかと思って」
と答える。
「それならあたしが」
と言って、前に出る。
腰を据え、腹に力を入れ、「油断してプスー」とは大違いの「狙ってブッフォーン」の用意をする。
その時、小さな羽虫みたいなのが、あたしの鼻に飛び込んできた。フン、フンと鼻息で追い出そうとするけど、出ていくどころか、奥のほうに入り込んでくる。ハッ、ハッ、クッ、ショ~ン!
えっ、えっ、何が起こったの?
商人が頭のてっぺんから足元まで水をかぶったみたいにびっしょり濡れて、意味の分かんないことを言ってる。
あたしの元・亭主も馬もずぶ濡れで、大雨の後みたいにドロドロの地面に柿の実がいっぱい落ちてる。
「お前は、屁がデカイだけじゃなく、クシャミまで特大なのか!」
元・亭主が目をむいてあたしに怒鳴った。
ク・シャ・ミ? そうか、羽虫が鼻の奥に入ったせいで、オナラより先にクシャミをしちまったか。オナラのために溜めてたエネルギーが全部クシャミに回ったんだ。そりゃ、大変なわけだ。
「お前のそばにいたら、どんな目に遭うか、わからない。後は、一人で、生まれた村まで帰れ!」
と怒鳴る元・亭主。
「大事な反物がずぶぬれじゃないか。弁償してくれ」
とわめく商人。
元・亭主が、商人に
「この女とは離縁してる。こいつの家の者と話してくれ」
と言ってスタスタと立ち去る。
商人が鬼みたいな顔であたしをにらむ。 ウソ、なにこれ? あたしって、最悪ついてないじゃん!
仕方ないから、あたしは脳に埋め込まれた時空跳躍通信機を使って「日本昔話再生支援機構」にSOSを送る。
上司が助けに来てくれる。あたしの父親を装って商人に詫びの小判を渡して示談成立。
あたしは、上司と一緒に時空転移装置に乗り込む。
「M2108、ツイてなかったな。だが、うちは成果主義だ。この失敗で減給1割。それから、商人に払った金はボーナスから引かせてもらう」
なんじゃこりゃー!
時空の彼方で、ついてねぇ~
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