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テーマパーク
大人の事情ってやつでそのまんまでは書けないんだけどね。
浜田舞、16歳、高校2年生。
今日は高校の遠足でテーマパーク「夢の国」に来ていた。
日本一有名なテーマパークだ。
舞の通う高校から夢の国までバスで1時間。
舞の自宅からは自転車20分。
舞にとって夢の国は彼女の生活圏内で、小さい頃はよく親に連れて行ってもらっていたが、近すぎて最近は逆に足が遠のいていた。
久し振りの夢の国。
舞はエントランスをぐるりと見渡した。
入り口の近くでは夢の国のシンボル、スーパースターのあのキャラクターがグリーティングをしている。
長蛇の列だったが、すでにグリーティングは締め切れられたようだ。
最後尾に"グリーティングは終了しました"と書かれた看板を持ったキャストが立っていて、寄ってくるゲスト達に看板を見上げながら説明していた。
スターと順番でグリーティングが出来ているゲスト達は皆、キラキラの笑顔で見ているこちらも思わず笑顔になってしまう。
「スター凄いな。会うだけでみんなを幸せにしちゃってるよ。」
グリーティングをぼうっと見ている舞はいつもの声に呼び掛けられた。
「舞~一緒にまわろうぜ。」
同級生の三木翔太がやって来た。
翔太は舞と幼なじみだ。今でも仲がいい。
「うちらも~。」
三井結衣と石川大吾もやって来た。
いつもの同じクラスのグループだ。
結衣と大吾は高校からの友達。
4人は常にべったり一緒にいるわけではなかったが、それぞれがなんとなく気が合い、気を遣わなくていい、心地の良い存在だった。
4人共マイペースで、四六時中べったりの付き合いが苦手な舞は楽だった。
「まずはカチューシャとポップコーンでしょっ。」
大吾の提案に3人は
「まずはアトラクションだろっ!」
と突っ込みながらもお揃いのカチューシャを買った。
「ヤバい、もうこれだけでめっちゃ楽しいんだけど。」
舞が言うとみんなも頷いた。
翔太がポップコーンはミルクティー味が食べたいと言い、今いる場所から少し離れたワゴンに買いに行った。
あの制服の男の子見て。2人共かっこよくない?
歩いていると、すれ違いざまに他のゲストの女の子たちが翔太と大吾について話すのが舞に聞こえた。
「今の聞いた?」
舞が小声で結衣に言う。
「あーさっきも中学生くらいの子たちが騒いでた。」
「相変わらず2人はモテるねえ。」
翔太は色白で、長いまつ毛に端正な顔立ち。茶色く細い髪が今も太陽に当たって彼の美少年っぷりが増していた。
大吾は細マッチョで、日焼けした肌に笑うとクシャッとなる可愛い顔、真っ白い綺麗な歯。
対照的なイケメン2人が並ぶと嫌でも目立つ。
「うちら女子2人は超絶普通で悪かったね。」
結衣が笑いながら言った。
「まあ加工に命掛けて、本人とかけ離れた出来上がりを本当の自分と勘違いするよりはマシじゃね?」
大吾が会話に入ってきた。
「聞いてたの?」
結衣が爆笑した。
ポップコーンを買って次にアトラクションに乗ることになった。
「待ち時間どれも長いねえ。」
結衣がスマホの夢の国のアプリを見ながら言った。
「しゃべってたらあっという間だよ、とにかく何か並ぼうぜ。」
大吾がそう言い、近くの絶叫系に行こうと提案した。
80分待ちの看板を確認し、4人はそのアトラクションに並んだ。
平日なのに何でこんな混んでるの?
みんな学校サボってんじゃん?
晴れて良かったねえ。
どうでもいい他愛ない会話が楽しかった。
50分程経った頃、舞はマズいな、と思っていた。
少し具合が悪くなっていたのだ。
私もミルクティー味のポップコーン大好きなんだよね。
調子に乗って食べ過ぎたかな。
それとも貧血かな。
たまに貧血起こすんだよな。
あと30分並んで、絶叫系ってマジ無理かも。
どうしよう。
みんな楽しんでいるのに具合悪いって言ったら空気悪くなるよね。
言えないわ。
でもキツイ、、。
「舞。」
翔太が舞の様子に気が付いた。
「お前具合悪いんじゃない?」
「あ、そういえばさっきから何もしゃべってない。」
結衣が舞の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「、、ごめん。大丈夫じゃないかも。」
舞は諦めた。
「マジごめん。貧血かな?甘いポップコーンいきなりたくさん食べ過ぎたから気持ち悪くなたかな?ちょっとだけキツイみたい。でもちょっと休んだら大丈夫。」
「抜けるか。」
翔太はキャストに向けて手を挙げた。
「すみませーん。」
キャストが気が付いてやって来た。
「この子、具合悪いんで休憩させたいんですけど。」
翔太が並んでいる他のゲストに気を遣い、小さな声で言ってくれたのが舞は有難かった。
「救護室に行かれますか?大丈夫ですか?」
キャストの女性が優しく舞に尋ねた。
「あ、ちょっと座ってたら大丈夫だと思います。」
じゃあこちらへ、ベンチまで行きましょう。とキャストに促されて舞は列から外れることにした。
「みんな、ごめんね。」
「うちらも乗らなくていいよ。一緒に行くよ。」
結衣がそう言い、翔太も
「俺、トイレに行きたいし、ついでに舞に付き合うわ。」
と言ってくれたが、いやマジで大丈夫、3人は乗ってよ。後で合流しよう。終わったらLINEして、と舞は返した。
舞がキャストについていくのを見送りながら結衣が翔太に言った。
「翔太、トイレに行きたいなんて嘘でしょう?優しいねえ。」
「うっせえ、ばーか。」
「俺が具合悪くなっても優しくしてね、翔太。」
大吾が目をパチパチさせながら翔太に寄り掛かった。
キモい!
3人に笑顔が戻った。
キャストのお姉さんは舞をベンチに座らせると何度も心配そうに振り返りながらアトラクションに戻っていった。
絶叫アトラクションの出口のすぐそばのベンチ。
それに乗り終わったゲストが興奮しながら大声でベンチの前を通り過ぎる。
ダメだ、舞はため息をついた。
ここは騒がし過ぎて落ち着かない。
数分座ったらだいぶ楽になった。
結衣たちが出て来るまでまだ数十分あるな。
場所を変えて休憩しよう。
舞はゆっくりと立ち上がった。
うん、大丈夫、歩けるな。
人込みを避けて舞は入り口付近まで来た。
開園から数時間たち、入園口は人がまばらだった。
入園ゲートのすぐ近くにベンチがあった。
周囲にはあまり人もいない。
ここなら落ち着いて休める。
舞はベンチに近付いた。
その時、ベンチの下からカモが急に飛び出した。
「きゃっ!」
カモに驚いた舞はバランスを崩して後ろに倒れた。
転ぶ!モネはとっさにそう思ったが舞の背中はやわらかい感触を感じていた。
そして次の瞬間、腰に柔らかい両腕が回り、それは力強く舞の体をキャッチした。
倒れかけた舞の体は誰かに支えられ、転ばずにすんだ。
「す、すみません!」
舞は慌てて体勢を戻して振り返った。
振り返った舞の目の前にいたのはスターだった。
は?スター?
舞は一瞬訳が分からなかった。
朝、グリーティングをしていたスターが今、舞の目の前にいるのだ。
大丈夫?スターがジェスチャーで舞に聞いた。
「は、はい。」
舞は突然のスターの出現に呆然とした。
良かった。スターは自分の両手を胸に充てて胸をなでおろした。
遠くのゲスト達がキャアキャア騒いでいる。
スターが転倒しかけたJKを支えて助けたなんてすごい場面だからだろう。
「怪我はありませんか?」
スターに付いているキャストが舞に聞いた。
「はい、あの、すみません。」
舞はあたふたした。
「もうすぐパレードの時間だから、スターは着替えなきゃ。」
キャストがスターを促す。
スターはグリーティングを終えてバックヤードに戻るところだったらしい。
気が付かなかったわ。
舞はスターの登場に心底驚いていた。
遠くで騒いでいたゲスト達が走ってこちらに向かってきた。
「あ、あの、ありがとう。」
舞はスターに言った。
それを聞いたスターは舞の顔に自分の顔をぐっと近付けた。
か、顔っ!近っ!
舞が思わず固まったのをスターは気が付いたようだ。
「どういたしまして」と伝えたかったのか、優しく舞の頭をポンポンした。
そして舞の鼻をそっと人差し指でツンと押してそのまま舞の肩に手を置いた。
気を付けるんだよ。
舞にはそう言ったように思えた。
「じゃあ、スター行こうか。」
キャストがスターを先導して、舞が座ろうとしたベンチのそばの関係者専用出入り口に消えていった。
「スター行っちゃったあ。お姉さんいいなあ。」
走ってきたゲストの女性たちが舞に話しかけた。
超羨ましいんだけど!女性たちが次々と大きな声を出す。
見てる私の方が興奮しちゃった!女性たちは笑う。
色々女性たちが話していたが、舞には何も聞こえていなかった。
ヤバい。
舞は呟いた。
スター、カッコよすぎるんですけど。
お姉さん大丈夫?顔赤いよ。
1人の女性が舞に言った。
私達がお姉さん囲んでギャアギャアうるさいから困ってんだよ。
ごめんね。お姉さん。
みんながそう言って舞から離れた。
顔が赤いのはみんなのせいじゃなくてスターのせいです。
舞はそう思った。
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