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三欠片
随分な時間歩いていたように思う。それにも関わらず、僕が家を出た時からまるで日が落ちていない。不気味なほど赤々しく、燃えるような夕焼けが街を照らしている。
「あれ……? おかしいな」
携帯を取りだして時間を確認しようとするが、何故か電源がつかない。充電はあったはずなのだが、僕の携帯はうんともすんとも言わない。壊れてしまったのだろうか。
「というか……ここ、どこだ?」
僕の知っている街並みとよく似ていて一見あまり違和感は無い。だが、確かに何かが違う。それも決定的な何かが足りていないように感じるのだ。
右に左に忙しなく瞳を動かし、歩を進める僕は傍から見たら挙動不審だろう。しかし、そんな心配はせずとも街には誰一人いなかった。……これが違和感の正体なのかもしれない。
「ねぇねぇ、もしかして君迷子?」
突然背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはボロボロの黒いマントを着た人が立っていた。フードの影で顔は見えないが、声の感じと背丈から見て、まだ若い印象を受ける。少年とも青年とも言えるような微妙なラインだ。
「迷子というか……気づいたらここまで来てたんだ」
僕がそう言うと、少年は何が面白いのかクスクスと笑った。フードの影から微かに見える口元が弧を描いている。
「お兄さん、面白いね。気づいたらここに来ていた……なんてさ」
相変わらず小さな笑い声を漏らしながら少年は言う。赤く照らされたアスファルトの上に少年の影がゆらゆら揺れる。
「面白いってなんだよ」
「いやぁ、ここにそんな理由で来る人なんて殆どいないからさ」
「はぁ……?」
会話が噛み合っているようでどこかズレているような変な違和感。それはこの場所から感じる違和感と同じものだ。
「でもまぁ、やっぱりお兄さんは迷子だね」
「迷子って……子供じゃあるまいし」
「ふふ、でもお兄さんは迷ってるでしょ?」
「……さあ、な」
「まぁいいけど。迷子は早くお家に帰らなきゃだよ?」
心が全て見透かされているような居心地の悪さだ。僕よりも年下そうなのに、子供に言い聞かせるように話しかけてくる。
「ああでも、お兄さんこのままじゃ帰れないね……」
「帰れないってなんだよ?」
「だってほら、帰るためにはお家が必要でしょ?」
「家? それならあるに決まって……」
「ないよ。お兄さんには」
少年は断言する。暗い影の中から赤い瞳がちらりと覗く。その目は僕を見据えていた。僕はその真っ直ぐな瞳に少し動揺する。
「お兄さんはちゃんと自分の行き先を決めなきゃ。このままだとずうっと迷子だよ」
「行き先?」
「そう。自分は何をするためにここを歩いていて、何のために行こうとしてるのか……、分からないままじゃお家に着けないよ?」
僕は少年の言葉に、返せる言葉がなかった。答えられるものが浮かばなかったのだ。
沈黙のまま、時間が過ぎていく。
不意に、世界の色が変わった。真っ赤だった世界が一瞬で紫色に変化したのだ。呆気にとられていると少年に手を掴まれた。
「えっ……?」
「もう、放っといたらお兄さんずっとここに居そうだし今回は俺が帰してあげるよ」
「な、なんだよそれ」
「あんまりここに魅入られちゃダメだよ。お兄さん、早く自分で答えを見つけてね」
少年が一歩足を踏み出す。僕も彼の手に引かれて足を進める。刹那、眩しい光に包まれぎゅっと目を瞑る。瞼をゆっくり持ち上げ、視界に順応した時には少年の姿は無く、僕は家の目の前にいた。気づけば空には月が浮かび、暗闇が辺りを支配していた。
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